路地裏で
ここは魔法の王国レガルディアの首都ライラリッジ。魔法都市という二つ名を持つライラリッジは魔法使いや魔法戦士の総本山とも言われている。そのおかげか…人口の割に治安は良い。厳密に言えば重要施設がたくさんあるライール川南部の方は治安が良く、それと比べると北部は少し治安が悪い。
俺とアマユキ、それからカレンの3人は、そんな北部の裏通りを歩いている。近くを通る華やかなオフラナガン通りと比べると、この名もなき裏通りはどこまでも裏通りだ。
昼前のオフラナガン通りは、この時間に相応しい喧騒に包まれているようだが、ここは人通りが少なくその喧騒が僅かに聞こえてくるだけ。ここだけ時間が止まっているような…そんな錯覚を感じてしまう。
こんな所を好き好んで歩くヤツには、それぞれ何らかの事情があるものだ。俺達の場合は、赤い髪の女の探索だ。
あの日、ユリーシャから言い渡された任務は、なにも俺だけに命じられたものではない。レガルディアの魔法戦士なら誰もが拝命するものだ。ただしその優先順位は決して高くなく、他に任務があればそちらが優先される。要するに暇なヤツがやる仕事なのだ。
そんな訳で俺達はこんな所をぶらついているのだが、この近辺にあの女がいるという情報はない。そもそもあの女の情報なんて皆無と言っても過言ではない。
それでも何もしなければ何も始まらない。そして何かをするのであれば、治安の良い南部よりも、どちらかと言えば治安の良くない北部でする方が成果が上がるだろう。早速、今日の成果になりそうなヤツらが俺達の前に現れた。前方にガラの悪そうな男が3人、後方にも3人だ。
「お姉さん、可愛いねぇ~!俺達と遊ばな~い?」
可愛いと言われたアマユキとカレンは、鼻高々である。今日は2人とも軍服ワンピースをヒラヒラなフリルで魔改造しているので、可愛いことは間違いない。
「両手に花で1人だけ楽しんでんじゃねーよ」
別に楽しんではないぞ。これはただの任務だ。
「なあ、こっちにも回してくれよ。いいだろう~?」
俺と向き合っているヤツらが、いかにも…な台詞を下卑た笑いと共に吐いてくる。見た目通りと言えばそれまでなのだが、北部は少し治安が悪いからな…こういう輩も出やすくなるんだろう。
こんな馬鹿げた会話をしている間に、魔剣は3人の分析をしっかりとしてくれている。着ている服は軍で採用されているPMDと比べると、性能はかなり落ちるもののようだ。
「止めておいた方がいいぞ」
一応、警告はしてやるか…聞き入れないと思うけど。
「あぁ!なめてんじゃねえぞぉ!」
「こっちが下手に出てりゃあ調子に乗りやがってよう!」
いつ下手に出た?
「とっとと失せろ!ノッポ!」
ノッポさん呼ばわりされてしまった。どうやら話し合いは決裂のようだ。
「いいのか?こんなことしてて…後ろ、軍の魔法戦士が来たぞ」
もちろん、嘘である。誰も来てなんかいない。それでも3人はハッとして後ろを振り向いてしまった。
「てめえ…」
それで騙されたことを知ると、怒りの声を上げながら再び俺の方に向き直った。
ヤツらは誰も気付いていなかった。自分達が後ろを振り向いた瞬間に、俺が流水の動方・激流で一気に間合いを詰めていたことを。だから、俺はコイツらがこっちに向き直ろうとしたタイミングで、3人のうち一番右側のヤツにカウンターで掌底を入れてやった。
パンッ…ドサッ!
完全に脳震盪を起こしたのか、この男は糸が切れた人形のように崩れ落ちてしまった。
「こ、このヤロー!」
そんなことを言っている間に、俺は真ん中の男の顎を拳で打ち抜いた。この男もダウンだ。
「やっちまえ!」
その声が響いた直後に背後から鈍い音とチンピラのうめき声が聞こえてくる。たぶんカレンにボコボコにされたのだろう。或いはアマユキが矢を撃ちまくってハリネズミにしたのかもしれない。
俺は最後の1人を後ろ回し蹴りで塀までぶっ飛ばすと、その動きのままに一歩下がりチンピラの反撃に備えた。だが、ヤツらにはもう抵抗する力など残っていなかった。
ひとつ息を吐き背後の状況を確認すると…案の定、全員やられていた。3人のうち1人からはプスプスと煙が上がっている。傍らに矢が落ちているので、間違いなくアマユキの仕業だ。やり過ぎじゃないか?
「時間がかかりすぎだな」
どうもそれはたいしたことではないらしく、カレンに小言を言われてしまった。俺は1人で3人を相手にしていたのだが…。
「もっとトレーニングしなきゃね!」
「ああ、分かってるよ」
アマユキは妙に嬉しそうだ。もちろん、まだまだなのは分かっているので、適当に返事をしておいた。
手分けして全員を拘束すると、カレンが呼び笛を取り出しそれを吹いた。音は鳴らない。この笛の音は特定の人間にしか聞こえないのだ。間もなくやってきた魔法戦士に、カレンがさりげなく階級章を見せながら状況を説明する。階級章の威力は抜群で、6人は連行されて行った。
「今日も上手くいったね!」
連行されていくチンピラどもを見送りながら、アマユキはしてやったりだ。
「こんな格好をしてると分かる訳ないだろ」
俺は苦笑しながら応えた。
軍の魔法戦士は基本的に全身黒ずくめだが、今日の俺は黒雷の色を砂色に変えている。防御力にかかわることなので普段はコートのボタンをしっかり留めているが、今はボタンを留めずに思いっきり前開きだ。
その代わりにセーターを着てネックウォーマーを巻き、さりげなく防御力アップ。でも、どちらも軽い男が選びそうな物だ。しかも、クラッシャブルハットまで被っている。軍の魔法戦士が帽子を被るとしたら、サファリハットみたいなヤツだ。
アマユキとカレンだってそうだ。2人の軍服ワンピースは桃色と藤色だし、フリルで覆われていてリボンまで付いている。ふりふりのヘッドドレスなんて軍の魔法戦士は絶対に被らない。女性の魔法戦士のあるべき姿は、通常モードのカレンである。総じて、俺達は誰も軍の魔法戦士には見えない。
「軍の魔法戦士はショウのような軽い恰好はしないのだ」
どの口がそんなことを言うんだ?
「今のカレンに言われてもなぁ…」
俺は苦笑しながら抗議した。
「こういうのは風物詩みたいなもんだからね」
それは朗らかに言うことじゃないぞ、アマユキ。嫌な風物詩もあったもんだ。
「もう戻ろうぜ…」
アマユキとカレンに促し、俺達は活気溢れるオフラナガン通りへ戻っていった。




