ユリーシャからの贈り物
カレンに案内された3階は、シックなホテルのような所だった。ここにはユリーシャ専属の魔法戦士とメイドさんの部屋があるらしい。その内の1つに通される…どうやらここが俺にあてがわれることになる部屋のようだ。
ぱっと見は2階の部屋とたいして変わらない。十分な広さがある。どのみち所持品なんてほとんどないから、広かろうが狭かろうが構わないんだけどね。
そういえば入浴した時に脱いだパジャマはどうなってしまったんだろう?忘れてきてしまった。取りに行こうと思い、部屋から出ようとすると、ドアが外側から開いた。ビックリしてしまう俺とは対照的に、平然としているカレンがそこに立っていた。
「出かけるのか?」
「いや、たいした用事じゃないんだが…」
「そうか。ならついて来い。ユリーシャ様がお呼びだ」
有無を言わさぬカレンに、俺は少しばかり苦笑してしまった。
とは言え、脱ぎっぱなしのパジャマとユリーシャの用事ならば比べるまでもない。カレンに連れられて再び4階に上がり、向かった先はさっきのスイートルーム…ではない。別の部屋だった。
「どうぞ」
カレンがその部屋のドアをノックして来訪を告げると、中からユリーシャが応えた。中に入るとそれで用は済んだのか、一礼してカレンは出ていった。
そこは異様な部屋だった。真っ先に目に付くのは部屋の白さだ。壁も床も天井も、すべて白い。いや、床には複雑極まる魔方陣らしきものが描かれており、その部分だけは黒い。広さは…バスケットコート1面ぐらいか?
こんなに広い部屋なのに窓は1つもない。照明器具の類いも見当たらない。まるで壁や床、天井そのものが光を放っているようだ。だが、この異様な部屋の中で最も存在感を放っているのは、中空に浮かぶ黒い棒だ。長さはおよそ1mといったところか…強烈な引力に見入られてしまう。
「贈り物をしようと思っていたのですが、うっかりしておりまして」
ユリーシャは小さく舌を出した。
ああ…てへぺろも可愛い。もっとうっかりしてほしい。いや、毎日してくれたっていいぞ。うっかり万歳!いやいや、そういう話ではなく。
「あれのことか?」
うっかり口許が緩みそうになるのを全力で堪えて、俺はあの黒い棒について尋ねた。
「あれは魔剣という魔法具です。私が大学を卒業する際の研究で作りました」
大学を卒業してるってことは、もしかして俺よりも年上なのか?いや、まさかな…。
「ユリーシャって…今、何歳?」
女の子に歳を聞くのは失礼かもしれないが、それを承知で敢えて聞いてみた。
「17歳です」
特に嫌な顔をするでもなく、ユリーシャは答えてくれた。
「17歳…か…」
見かけ通りの歳に納得すると同時に、その歳で大卒というキャリアに驚いてしまう。
「大学には13歳から通い始め、15歳で卒業したのですよ」
ユリーシャは少し得意気に言った。マジですか…俺とは大違いですね。
「それで…その魔剣というのはどんなことができるんだ?」
これ以上、この話をすると学歴コンプレックスになりそうだ。話題を変えることにしよう。するとこれがまったくの悪手。
「そもそも魔法というものは…」
ユリーシャの顔がさらに明るくなり、熱心に語り始めた。どうも魔法のことになると話が止まらなくなるようだ。それだけ熱中できることがあるのは良いことだと思うのだが…何を言っているのかはさっぱり分からん。
「そして魔剣は新たな術式魔法を…」
「えーっと…その…だな。俺にも分かるように説明してくれると…」
申し訳ないが、話の腰を折らせてもらうことにします。
「魔剣は、ですねぇ…しいて言えば……そうですねぇ…」
途端にユリーシャの顔が曇ってしまう。簡潔に説明するのは苦手なのかもしれないな…。
「…新たな魔法を生み出す魔法具…と言えばいいでしょうか…」
それでもユリーシャは上手くまとめてみせた。よくやった、ユリーシャ!今のはとても分かりやすかったぞ。当のユリーシャはあまり納得していないようだが。
「それを…俺に…?」
「はい。魔剣のような武器系の魔法具には個人認証が義務付けられています。ですから、その認証の儀式をこれから行おうかと」
これは銃器登録みたいなものだろう…俺はそう理解することにした。
「どうすれば?」
「そちらの魔法陣の真ん中に立ってください」
やっぱりこれ、魔法陣だったんだな…言われた通りに、俺はユリーシャが示した方の魔法陣に立った。
「線は踏まないでくださいね。踏むと大変なことになりますから」
それを確認したユリーシャが、いたずらっぽく微笑みながら聞き捨てならないことを言った。
「ふ、踏むとどうなるんだ?」
「大丈夫ですよぉ。ちょっと爆発するだけですから。では、始めますね」
ば、爆発って…マジですか!いや、待ってくれ!心の準備が…。俺の心の準備は当然のように無視され、儀式は始まった。