魔法戦士としての任務
ずっと中にいて気が付かなかったが、外は雪が降っているようだ。これから冷え込みはグッと強くなるはずだ。外出する時にはもう少し厚着した方がいいかもしれない。ユリーシャに頼んで何か作ってもらうか…セーターとかネックウォーマーがいいかな?
「どうされました?」
「外、雪が降ってるな…雪景色のライラリッジも綺麗だ」
ここで「何でもないよ…」なんて答えるのは悪手。上手く誤魔化してやったぜ。
「そ、そうですね…」
それは予想していなかったのか、ユリーシャは少し戸惑っている。まだまだ修行が足りませんね、フフフ…。
「それにしても…外は雪が降るほど寒いのに、中にいるとそんなに寒くは感じないな」
黒雷には温度調節機能がある。でも、今はそれほど働いてはいない。
「どうしてだと思いますか?」
そうきたか…冬になっても邸宅内にはストーブの類は見当たらない。つまり、普通の方法で暖房をしている訳ではないのだろう。となると、答えは一つだ。
「何か…魔法を使ってやってるんだろ?」
「違いますよぉー」
クスクスと笑いながら否定された。相変わらず可愛いなぁ…でも、ちょっと不愉快だ。
「じゃあ、どうしてるんだよ」
仏頂面の俺を宥めるように、ユリーシャは俺の側に寄ってきた。
「答えはここにあるのですよ」
「ここに?」
言われて改めて窓際を見回してみるが、暖房器具の類いは見当たらない。
「壁の厚さですよ」
壁の厚さ?言われて壁をよく見ると…分厚いな、これ。何センチあるんだ?
「外からだと分かりませんが、壁の中は藁でできたブロックを積み上げています。厚さは40cmぐらいですね。その外側を土や漆喰で塗り固めるので…最終的には50cmぐらいの厚さになります。断熱だけでなく保湿にも優れているのですよ」
ユリーシャは物分かりの悪い俺に、噛んで含めるように言い聞かせた。
「…50センチ?」
なにそれ、ぼっけえな!
「はいっ、ショウの部屋の窓でも分かりますよ」
えっ、そうなの?今までまったく気にしていなかったので、大変驚いております。
「魔法は万能ではありません。ほんの少し生活を便利にしてくれるものにすぎないのです。私達はできるだけ魔法に頼らず、それでもなるべく快適な生活を追い求めてきました。これはその象徴です。もちろん、それだけではありません」
そう言われると、当ててみたくなるものだ。
「今度は何だ?ペンキか?」
「よく分かりましたね。その通りです」
当てずっぽうで言ってみると、感心したようにユリーシャが言った。鼻高々である。もちろん、ペンキの何が凄いのかは分からないが。
「この邸宅で使われているペンキは、塗るだけの断熱材なのです。それで冬でも暖かな室温を保つことができます。逆に夏は涼しいですね」
塗る断熱材と分厚い壁で室内を快適にしているのか…たいしたもんだな。
「でも、まったく暖房してない訳じゃあないんだろ?」
そうじゃなければ、もっと寒いはずだ。
「もちろんです。この本館の端にある小さな建物の中に、薪ストーブを利用した温水暖房の装置があります。炉で薪を燃やし、その熱で暖められた温水を館内に循環させて暖房しているのですよ」
どうりで館内に暖房器具の類いが見当たらない訳だぜ…エコだね。
「ここの暖房システムは炉にも秘密があるのです。炉内の構造を工夫することでこれまでの炉よりも温度を上げ、薪を完全に燃やしてしまうのです。ほとんど煙も出ません」
そんな炉があることは知らなかったので、俺は興味津々で聞き入ってしまう。
「これまでの炉ではクヌギやナラなど使える樹木が限られていたのですが、これは何でもありです。最近は竹を燃やしているそうですよ」
「竹が燃料になるのか?」
これは驚いたな。
「そうです、他にはマツなども燃やしたことがあるとか。掃除も楽になっているそうですよ」
この分だと、何でも燃やせそうだ。
「そのストーブを館内の色んな場所に置いた方がいいんじゃないの?」
愚問と知りつつ聞いてみた。
「寒いと感じているのは部屋ですか?それとも人ですか?」
「人ですね…」
部屋はただそこにあるだけだ。
「暖房は最低限ですむように家を造り、それでも足りない場合は足りない所だけを暖める…そのためにPMDがあるのです」
恐れ入りました。俺は今までそんなことを考えたことはなかった。寒ければエアコンの設定温度をどんどん上げていた。それが当たり前だと思っていた。でも、そうじゃないよな。
この考え方は…いや、ライフスタイルは見習わなくてはならないだろう。この魔法の世界においても、色々な教えや気付きがある。それは元の世界でも役に立つはずだ。どこにいても…たとえそれが異世界でも、学べることはたくさんあるんだ。
「ありがとな」
自然と感謝の言葉が出てきた。
「い、いえ…」
まさか感謝されるとは思っていなかったのか…ユリーシャの頬に少し赤みがさしている。会話がとぎれ沈黙が落ちると、雪の降る音が聞こえてくるような…そんな錯覚に襲われた。何か気まずいですね。
「えーっと…俺は正規の魔法戦士になったんだが、やることはこれまでと変わらないのか?」
これまではトレーニングと勉強の日々だったが、これからは頼りにしてくれてもいいんだぜ?
「そうですね…基本的にはこれまでと同じということになると思います。でも、お望みなら…カレン達がやっていることを、代わりにやっていただくこともできますよ」
「どんなことをしてるんだ?」
代打俺、いつでも行けるぜ!
「私が大学へ行く時には一緒に大学へ行くことになります。もちろん、講義をしている間は教室の隅で待機ですよ。ただ、ショウが行くと…私達のことを聞かれるかもしれません」
それは…ちょっと遠慮したいね。
「他には?」
「王城へ参り、王室庁の方々と今後のことを話し合うことも大事ですね。これは主にリアルナがやってくれています。ショウのことが話題に上ることもあるそうですよ」
それも遠慮したいね。
「他には?」
「地方の都市を訪問する際に同行する…というお仕事もあります」
「それだ!」
代打俺の出番がついにやってきたな。
「では…誰と誰が行くことになるのかはリアルナに任せているので、後で調整してもらいますね」
「ああ…よろしく頼む」
ようやく俺も魔法戦士らしくなってきたな。次はどこへ行くのか…ちょっと楽しみだ。
「そういえば…書状を預かっていました」
そう言いながら、ユリーシャは赤い封蝋がされた封筒を取り出した。
すると控え目にこちらの様子を窺っていたリシアが、ユリーシャにペーパーナイフを差し出した。よく持ってたね、そんなの。それってメイドさんの七つ道具の一つ的なヤツ?そこは気になるが、今はユリーシャだ。
「忘れていたな?」
俺は少し意地の悪い質問をぶつけてみた。
「そうですね…うっかりしていました」
今日もユリーシャの可愛いてへぺろが拝めたので、よしとしよう
ユリーシャはペーパーナイフを使って封筒の上部を切り、中から書状を取り出した。開け方が綺麗だね。俺ならビリビリに破いていたところだ。さっと目を通すとユリーシャは一つ頷き、書状をリシアへ渡す。それから俺の方に向き直った。
「これはラザルト陛下からショウへのご命令です。この場にいる王族の者は私以外にはいないので、代わりに私が命じます」
「あ、ああ…構わないよ」
有無を言わさぬ口調に、少し気圧されながら俺は首肯した。
「それではユリーシャ・リム・レガルディアが四位武官、ショウ・ナルカミに命じます。本日よりショウ・ナルカミは赤い髪の女の探索に当たること。よろしいですね?」
ユリーシャはその地位に相応しい、ある種の品格を感じさせる声音で俺に告げるのであった。




