それぞれの通り抜け方
「こんなに早く魔法樹の森を抜けるなんて…びっくりでし!」
珍しくティアリスが俺のことを褒めてくれた。これは雨が降るかもしれないぞ。
「私の教え方がよかったからね」
アマユキは弟子の快挙に自慢気だ。スパルタな一面もある教え方だったが、概ねその通りである。
でもさ…この2人の抜け方を見ちゃうと、嫌味かよ…とも思ってしまうんだよね。あの時、俺は魔法樹の森を抜けながら2人のことを具に観察させてもらった。だから、分かるのだ。ティアリスとアマユキ、はっきり言ってこいつらはチートである。
ティアリスの抜け方は流水の動方・激流を使いまくるという常軌を逸したものだ。あの狭い空間でよくやるぜ…。そんなことをすれば、普通は魔法樹に激突すること間違いなしである。だが、ティアリスはどこにも当たらない。
魔剣によると、ティアリスは風を操る能力を持っているようだ。それなら、あの桁違いのスピードも理解できる。それから…おそらく人並み外れた空間把握能力も持っているのだろう。だから、どこにもぶつかることなく通り抜けられるのだ。
こんなやり方は何の参考にもならない。俺は俺のやり方で更なる高みを目指すべきだ。
何にせよ、ティアリスの超スピードの前では魔法樹は無力である。魔法樹が攻撃した所にティアリスはいないのだ。そうやって常に安全な場所にいるティアリス、反則ですね。
一方のアマユキ。一見すると普通に魔法樹の森を通り抜けているように見える。ティアリスのようにとんでもないスピードで駆け抜けている訳ではなく、あくまでも流水の動方・緩流しか使わない抜け方だ。
それしか使わなくても大丈夫なのは、アマユキが魔法戦士であると同時に優秀なハンターだから。気配を消すのが得意中の得意で、気が付いたら後ろに立たれていてビックリしたことが何度もある。
そして、その特技がここでは最大限に活きてくる。魔法樹も何らかの異変を感じているようなのだ。だが、それが何なのかが分からない。右往左往する魔法樹を尻目に悠々と通り抜けるアマユキ、こちらも反則ですね。
「私なら魔法樹さんに頼んで攻撃しないでもらいま~す」
それは最終試験のあり方をぶっ壊す暴挙である。フェリシア、お前は参加すんな。
「いいわねぇ…あなたたちは。私なんてちゃんと通り抜けられるかどうか分からないわ」
リアルナさんは他の人達にはできないことができるから…大きな声では言えないが、そんな関係を持った身としては、それだけで「合格です!」と言いたい。
魔法樹を通り抜ける話で大盛り上がりの女子達は、主役の俺を放置気味だ。もちろん、その盛り上がりを尻目に話し掛けてくる女子もいる…カレンである。
「それにしても、わずか半年でティアリスと引き分けるとはな。たいしたものだ。父上も感心されていたぞ」
「まあ…な」
引き分けたというか…引き分けにしてもらったんだけどな。
「ただ、今回の件に関しては父上も思うところがあってな…」
カレンが声を潜めて話を続ける。
「思うところ?」
ウラは俺の合格に疑義を挟んではいなかったように見えたが…。
「まさか模擬戦の相手がティアリスだとは思いませんでした。この件に関してリアルナに調べさせたところ、一部の人間による作為があったことが判明しました」
ユリーシャがカレンの後を引き継いで、あの件の裏にあった事情を暴露してくれた。
「表向きは、ショウがもはや見習いの枠に収まらない魔法戦士であることを誰もが認めていました。しかし、それをすんなりとは認めたくない人達がいたのです…」
嫉妬か…それは誰もが抱いてしまう感情だ。仕方がないだろう。
「そもそもたったの半年で最終試験に臨める実力を身に付ける、というのはな…」
カレンははっきりとは言わなかったが、これはかなり異常なことなのだろう。
「普通はもっとかかるのか?」
「これまでで最も早かったのはティアリスの2年だ」
まったく意識していなかったが、俺は最速記録を大幅に更新してしまったようだ…そりゃ嫉妬もされるわ。
「普通は3年といったところだがな…もっとかかる場合もある」
そうなのか…何か申し訳ないな。
「ちなみにカレンは何年なんだ?」
「私は2年半だ」
なかなか優秀じゃないか…さすがだね。
「本来、最終試験は三位武官か四位武官と同等の実力があるかどうかを測るものです。ですが…そのような経緯もあって、ショウの相手は一位武官であるティアリスに変えられてしまったのです」
不愉快な話ではあるが、その気持ちは分からなくはない。
「それから…ショウのことを大陸出身者と発表したことも良くなかったかもしれません。一部の者はショウのことをスパイではないかと疑っていたようですから」
いやいや、スパイって。想像力が豊かすぎだろ…。
そんなのはあり得ないことだ。それは声を大にして言いたいところだが、逆にその立場に立ってみたら…そう思われても仕方がないかもな。しばらくは大人しくしている方がいいだろう。二位武官へ昇進することを目標にするってのも、考え直した方がよさそうだ。
おそらく、レガルディアの魔法戦士の多くはこの国に忠誠を誓っているのだろう。それと比べると俺は…そんな思いを持ち合わせてはいない。だからと言って、この国に害をなすことを考えている訳でもない。
何だか不愉快だな…でも、それを悟られたくない。みんな楽しそうだしね。少し席を外すか…俺はこっそりと席を立ち、リビングルームの奥の窓辺から外の景色を眺めることにした。




