代役を探そう!
経緯が気になっているのだろうか…翌朝はいつもよりずっと早い時間に目が覚めてしまった。経験上、こういう時は二度寝などせずに、さっさと起きた方がいい。
せっかく早起きしたんだから、白の部屋でトレーニングをしようか…とも考えたのだが、こんなに朝早くからごそごそするのは褒められた行為ではない。それに俺の部屋はここで暮らすようになってからそんなに物が増えていない。この部屋でもできることは十分にある。
まずはストレッチだ。これは今までよりもじっくりとする必要がある。すぐに体が柔らかくなる訳ではないが、基準ははっきりと分かっている。時間をかけてやっていくしかないだろう。
そうこうしているうちに、ちょうどいい時間になった。朝ご飯を食べることにしよう。入念なストレッチのおかげか、体がポカポカと温かい。いつものように『たけのこ日和』で庶民の朝ご飯を堪能し、今度こそ白の部屋でトレーニングをしようと階段を上っていたら、ユリーシャと出くわしてしまった。
結局、ユリーシャはどうするつもりなのか?気にはなるが、こんな所で聞く訳にもいかない。それでも俺が気にしているのが伝わったのだろう…ユリーシャはすれ違う際に微笑みながらウインクしてきた。ドキッとしてしまったが、ここは軽く会釈をしてやり過ごす。
今のウインクを見ると、ユリーシャはカレンを説得する道を選んだと思っていいだろう。「それでいいのか?」と思わなくもないが、ユリーシャがそう決めたのなら、俺も全力でカレンを説得しなければならない。決戦は今夜の『ラナンエルシェル』だ…気が重いな。
白の部屋でいつものようにライラリッジを駆け抜けた後は、今日も軍の施設でアマユキ先生とあれこれする予定だ。でも、その前にフェリシアさんのいる事務所に向かい、明日まで待ってほしいと伝えた。
その後はアマユキの指導のもと、スプーンに玉のせ歩きとストレッチを交互に繰り返していく。もちろん、昨日のような拷問ストレッチはなしだ。
昼が来たら、いつものように『ルルディクルティナ』でパンツェロッティをいただくことに。ちなみに今日のパンツェロッティはオーソドックスなものではなく、パンツェロッティに切れ目を入れて生ハム、トマト、レタス、玉ねぎを挟んだものである。
屋台のおじさんは時々アレンジパンツェロッティを作ってくれるのだが、これが実に旨い。フレッシュな野菜に生ハムの塩味がよく合っている。レギュラーメニューにしてほしいね。
「ところで…アマユキは収穫祭はどうするんだ?」
至福のパンツェロッティを堪能したところで、アマユキに収穫祭の予定を聞いてみた。
「うん?んー、……ちょっほほんらであにいっへふる」
まだパンツェロッティを楽しんでいるアマユキから、もぐもぐ語が返ってきた。
「フォンラディアか…」
たぶんそうだろうと思い呟いた言葉に、アマユキはコクコクと頷いた。
「よく分かったね!」
食後にお茶を一口飲んだアマユキが、感心したように言った。
「まあな」
フォンラディアに行くということは、飛空船に乗って行くということだろう。あれはどんな乗り心地なんだろうな…。
「もしかして…収穫祭に誘うつもりだった?」
「まあ…そんなところだ」
俺は曖昧に返事をした。
本当はメイドかふぇの欠員をアマユキが埋めてくれたらな…と思って聞いたのだ。そしたらカレンを説得する必要はなくなるし。でも、よくよく考えてみれば、アマユキが空いているなら真っ先にフェリシアさんが頼んでいるはずだ。無理筋だったな。
「ありがと、嘘でも嬉しいよ」
「嘘なんかじゃねえよ」
「じゃあ、来年ね!」
むきになって言い返した俺に、いたずらっぽい笑顔を浮かべながらアマユキが言った。
「あ、あぁ…」
上手く嵌められてしまった…アマユキと話をしていると、どうしても意地を張ってしまう。誰かさんに似ているせいだ。まあ、1年後にはアマユキもそんな約束なんて忘れているだろう。
「じゃあ…フェリシアさんはどうするんだ?」
アマユキが駄目ならフェリシアさんだ。
「なあに?私が駄目だったからフェリシアを誘うのぉ?」
「そ、そういうんじゃねえよ!」
アマユキにジト目で疑われてしまったので、そこは強く否定した。でも、目的が不純なのでどもってしまう。
「隠さなくてもいいわよ。でも、残念でした。フェリシアは妖精の森に里帰りよ」
「妖精の森か…」
こちらは里帰りと言っても目と鼻の先だ。
「そっ、ドルイドだからね」
そうだったのか…しかし、ドルイドと魔法使いの区別は、どうやってつければいいんだろうね?
「じゃあ、フェリシアも来年だね!」
「そうだな」
これはもう苦笑するしかない。
「意外に素直だねぇ…」
「来年の楽しみができたからな」
俺の反応が予想外だったのか、アマユキは少し怪訝そうな顔をしている。
そんな顔すんなよ…ただ単に来年の事を言えば鬼が笑うってヤツだ。そのおかげで吹っ切れたしな。やっぱカレンを説得するっきゃねえ!
「よっしゃ、やるか!」
いつもより気合いを入れ、俺は立ち上がるのであった。




