フェリシアさんの頼み事
連れて行かれた先には、難しい顔をして書類とにらめっこをする女性がいた。思っていたより狭い事務所で、他には誰もいない。
「連れて来たよ~」
アマユキが緊張感のない声で女性に呼び掛けた。
「お疲れ様です…」
俺はやや緊張した面持ちで声を掛けた。ユリーシャと同じような服装をした女性が、こちらに視線を向けてくる。この人はおそらく魔法使いだろう。
「あっ、お疲れ様です…私、フェリシア・ファーバルトって言います。よろしくお願いします」
フェリシアと名乗った女性は、立ち上がると深々と頭を下げた。菜の花色の髪が綺麗ですね。
「なかなか来ないから今日はいないのかと思ってましたよ~」
何というか…フェリシアさんは少しほんわかした雰囲気を持っている人のようだ。ただし、体つきはユリーシャよりも遥かに恵まれている。リアルナさんに勝るとも劣らないね。
「今日も朝からいましたよ」
何となく面白そうなので、俺は事実を端的に言ってみることにした。
「えーっと、じゃあ…何で?」
もっともな疑問である。どうやらフェリシアさんは常識人のようだ。
「その話は聞かされていなかったので」
これはアマユキのせいにしてしまおう。それが事実だし。それを受け、フェリシアさんの視線が俺からアマユキへと向かった。
「熱心にトレーニングをしていたの。教えているのは私なんだけどね。それで…つい、うっかり…ね?」
アマユキの言い分には一理もないね…。
「私、ずっと待っていたんだけど…」
心中お察しします。
「その時間を有意義に使うかどうかはフェリシア次第なんじゃないの?」
「う、うん…そだね」
まさかのアクロバティック論破が決まってしまった。常識が通用しない世界だってあるのだ。
「あの…何の用なんでしょうか?」
見かねた俺は、フェリシアさんに助け舟を出してあげることにした。
「そうなんですよ~。用事があるんです。実は収穫祭の時に軍が主催している喫茶店がありまして…」
言いながらフェリシアさんは、その喫茶店の資料を見せてくれた。
『メイドかふぇ・秋のララバイ』
ほほう…これはなかなか興味深いですな。
「そのメイドかふぇなんですが…欠員が出ちゃったんです。それでですねぇ…ユリーシャ様の下には女性の魔法戦士が3人いるじゃないですか?誰か1人出てくれないかな~と思いまして」
「分かりました。帰って聞いてみます」
どうも俺には関係のない話のようだ。ちょっとホッとするね。
「もしもの場合はショウ君でもいいですよ?その場合は裏方になるんですけど…」
「それは嫌ですね」
これははっきりと拒否しておこう。
「そうですか…」
フェリシアさんはしゅんとしてしまった。俺が裏方だと何かいいことでもあるんですか?
ユリーシャ邸に帰ると、早速ティアリスに頼んでみることにした。いつもひらひらでフリフリの服を着ているティアリスは、3人の中で最もこの仕事に向いているはずだ。
「ショウちゃんの頼みだから聞いてあげたいのはやまやまなのでしが…」
断られてしまった…。
ティアリスが問題を起こしたのは今から3年前。当時から明るくてちっちゃくて可愛かったティアリスは、小動物のようだと女子達に人気だったらしい。そして、この年のメンバーは、ティアリス以外にもそういう系の女の子が多かったようだ。
問題はこの年のメンバーに、勤労意欲の高いヤツが1人もいなかったってことだ。もちろん、彼女達もあからさまにサボるほど馬鹿ではない。
まずは収穫祭を迎える前に、友人・知人の女の子に声をかけ、かふぇに遊びに行く約束を取りつけまくった。実際に遊びに来てくれた女の子達を、ティアリスをはじめとした可愛いメイドさんが接待する。接待と言えば聞こえはいいが、それはただのお喋りだ。
一般的に女の子のお喋りというヤツは長くなりやすい。しかし、それをお客さんへの接待という名の下に正当化すると同時に、みんなで楽しく仕事をサボったのだ。誰が考えたのかは知らないが、上手いこと考えたもんだぜ…。
もちろん、男性客だって来ない訳ではない。しかし、女性客で溢れている様を見て、すごすごと帰っていったらしい…一部の男性客からクレームが来たものの、彼女達はレガルディアの魔法戦士である。そんなことでビビるようなタマじゃない!結局、3日間そのやり方で通したそうだ。
とは言え、だ。
そんなやり方をしたら売上はちっとも上がらなくなる。実際にこの年は、例年より桁が1つ少ない記録的に低調な売上になってしまった。違法行為等はなかったのでお咎め無しにはなったが、この年のメンバーは当面の間出入り禁止になったそうな…。
当面の間か…どうなんだろう?大丈夫のような気もしなくはないが、今回は欠員の補充である。ティアリスを推してやっぱりダメでした…ということになると、ただでさえ苦労していそうなフェリシアさんが、更に苦労することになる。胃潰瘍になるかもしれん。ティアリスという選択は避けるべきだろう。




