まずは受け入れろ…話はそれからだ
ひとしきり泣くと気分は落ち着いた。のろのろと立ち上がり、窓から外の景色を見てみる。見知らぬ街並み、何の感慨も抱けない。大きなため息をつき、俺はベッドに横になった。ぼんやりと天井を眺め、何かを思いついたように半身を起こすが、何をするでもなくため息をついて再び横になる…。
そんな無意味な行動をどれだけ続けただろう…ようやく俺はこれからのことを考える気になった。
客観的に見て、俺の現状はそれほど悪いものではないだろう…ユリーシャは俺のことを疎ましく思ってはいないようだからな。よほど無礼なことをしない限り、ここから追い出されることはない…と思う。
この見立てが正しければ、住居は何とかなるはずだ。同じように服と食事も何とかなるだろう。それとは別に相談したいこともある。しかし、そうでない場合は…一気に窮地に陥るな。あまり考えたくはないが。
意を決してドアを開け廊下に出ると、そこにはカレンが立っていた。壁にもたれて目を閉じている。寝ているのか?と思っていたら、カレンの目がパチリと開いた。
「何か用か?」
何か用か?じゃねーよ。
「寝てたのか?」
つい質問に質問で返してしまう。
「眠っていたとも言えるし、眠っていないとも言える」
どっちだよ?いや、まあどっちでもいいか…。
「ユリーシャと話がしたい」
俺は単刀直入に用件を伝えた。
「分かった。ついて来い」
カレンに連れられて階段を下りて…それで分かったが、俺達がいたのは2階のようだ。案内されるままに浴室に…って、ここにユリーシャがいるの?マジで?
「その格好で会わすのはさすがに無理だ」
カレンの視線が冷たく感じるのは…きっと気のせいだろう。
「着替えは用意してある。サイズも問題ないはずだ」
「そりゃ、どーも」
カレンが出て行った後、俺は服を脱ぐ…よりも先に着替えの服が気になって見てみた。
月白のクルーネックTシャツと烏羽色のカーゴパンツ。サイズは大丈夫そうだ。やはり烏羽色の靴と靴下もある。ここに来た時には靴も靴下も履いてなかったから、ありがたいね。
改めて…異世界入浴初体験だ!身構えて入ったものの、それは杞憂に終わってしまった…。浴室は拍子抜けするほどに普通、元の世界のどこかで見たことがあるようなものだった。1人で入るには十分な広さがある。
「極楽、極楽…」
といきたいところだが、カレンを待たせているのでそうもいかない。手早く入浴を済ませて髭を剃り、用意してもらった服を着ると、俺は廊下に出た。
「ほう…見違えたな」
さっぱりとした俺を見て、カレンが感心した。
「そんなに変わんねーよ」
元々、俺は目つきが鋭く少し暗いイメージがある。それは身なりを整えたって変わりはしない。
「そう謙遜することもないだろう。では…」
ぐううるるうぅぅーー!!
カレンの話しを遮るように、俺の腹の虫が自己主張をした。
「あー、これはだな、そのぉ…」
「ついて来い」
何とか言い訳をしようとする俺に、カレンはクククと笑いながらそう言い放つのであった…。
気が付いていなかったが、時刻はとうに昼を過ぎていた。まあ、朝から何も食べていなかったからな…さもありなんだ。同じ階にあるレストランで俺は少し遅めの昼食を、既に昼食を済ませているカレンは紅茶を飲むようだ。
ランチセットがくるまでの間、何とはなしに店内を見回すと、カレンダーが目に入った。今日は…7月1日。この世界も今日から7月なんだな…。誰にもぶつけられない葛藤でモヤモヤしている内に、ランチセットがやってきた。
ちなみにメニューは、いかなごのくぎ煮と炒り卵の混ぜご飯、白ワインに漬けた鯉のフライとキャベツの千切り、それからワカメと玉ねぎのコンソメスープである。
今日、初めてのご飯なのでメチャクチャ美味しい!昔の偉い人が「空腹こそが料理の最高の調味料である」と言っていたが、まったくその通りですな。
初体験の鯉のフライはアルコールの風味が何とも言えない。泥臭いのかと思っていたが、そんなことはまったくない。きちんと処理をすれば美味しくいただけるようだ。ご飯は白米ではなく玄米のようだが、これはこれでイケるね。
身なりを整え腹ごしらえもして…さあ、いよいよ本題だ。