アマユキ
苦労して頭を動かし、声の主の方に顔を向けると…そこには淡藤色の髪の女の子が、俺を見下ろすように立っていた。ショートカットがよく似合うね。
「…誰だ?」
口を動かすのも億劫なのだが、聞かない訳にはいかない。
「私?」
お前以外にいないだろう。
「私はアマユキ。アマユキ・アルトリュートよ。ずっと見学してたんだけど、すごく熱心にやってたから…声かけそびれちゃった」
アマユキと名乗った女の子は、悪気の欠片もなく覗き見していたことを告白した。無様で生産性のない挑戦をずっと観察されていたことは、ちょっと恥ずかしい。
「で、あなたは?」
「うん?あぁ…俺は…ショウだ。ショウ・ナルカミだ」
こういう状況なので、俺は簡潔に自己紹介をした。
「ふ~ん…いい名前だね」
「そうか?」
自分の名前がいいとか悪いとか…そんなことは考えたこともなかったな。
「そんなことよりさ…さっきまでの俺、どこが悪かったのかな?」
こんな所にいるのだから、アマユキはきっと軍の魔法戦士だろう。助言がもらえるならもらっておきたいところだ。
「う~ん…割と全部かなぁ…」
そ、そうなんですか…そいつは割とショックだぜ。
「なんなら私が教えてあげてもいいわよ?」
「よろしく頼むよ」
これは願ったり叶ったりの展開だ。なので、俺は素直に頼むことにした。
「じゃあ…明日の朝9時にここに来てね」
「ん、分かった」
言いながら起き上がろうとするが…できなかった。体力も魔力も限界まで使いきっているのだ。指一本、動かせそうにない。
「どうしたの?動けないの?」
「うむ、ピクリとも動けん」
心配して尋ねてきたアマユキに、俺は正直に答えた。
「しょうがないなぁ…もう」
柵を軽やかに越え、アマユキは俺の横に降り立った。足音がほとんどしない。ぶっ倒れている俺の横に腰を下ろしたアマユキが、俺の体に手をかざした。体がじんわりと暑くなってくる。アマユキが傷を癒してくれているのだ。
「これでどう?」
「ああ、十分だよ」
数分間のアマユキの治療で、怪我はほぼ治った。今は魔力不足で機能不全に陥っているが、そのうち魔剣も仕事をしてくれるだろう。明日までには完治しているはずだ。
「ところで…今日はもう終わりでしょ?」
「そうだな…」
教えてくれる先生ができたのだから、この続きは明日でも構わない。
「じゃあさ、これからちょっと付き合ってよ」
「ああ、いいよ」
この娘は今日初めて会った俺の傷を癒してくれた。さらにこれから色々とお世話になる女の子なのだ。その言うことはある程度、聞いておかないとね…明日からのことに支障が出てしまう。
俺はアマユキに連れられて巡回馬車に乗り込み、軍の施設を後にした。どうも中央市場に向かうようだ…ライラリッジは嫌というほど駆け抜けたからな。それぐらいは分かるぜ。
馬車の停留所を下り、少し歩いた所にあるレストランにアマユキは入っていった。なかなか趣のある店構えだ。『ザヴトラ』という名も響きがいい。
「あのさ…ハンバーグ定食を食べたいんだけど…シェアしない?」
席に着くなり、アマユキからそんなことを言われた。
「ああ、別にいいよ」
夕食には少し早い時間だが、俺は基本的に1日4食だ。シェアしてあまりにも少なくなるのはどうかと思うが、その場合はユリーシャ邸に帰ってからどうにかすればいいだろう。しばらく待っていると、ハンバーグ定食が運ばれてきた。それを見た俺は、目が飛び出しそうになってしまった。
なんじゃこりゃあ!ハンバーグが…ハンバーグがぼっけぇな!まるで岩のようだぜ!エアーズロックかよ!
「凄いよね…ここのハンバーグ。1人じゃあ絶対に無理だからさ、一緒に食べよ!」
巨岩のようなハンバーグを前に、アマユキのテンションも高めだ。
「そ、そうだな…」
まさかこんなとんでもハンバーグが出てくるとは思ってもいなかったので、俺は少し引きぎみだ。
ルンルンなアマユキがナイフとフォークを手に取り、サックリとナイフを入れると…肉汁がジュワリと染み出してくる。
う、旨そうだ。
このハンバーグ、分厚いにも関わらず中までしっかりと火が入っている。一口分のハンバーグを口の中に入れると…外はしっかりと焼かれてカリッとした食感、中はしっとりとした感じでジューシー。肉の原型が分かる程の粗挽きは、肉々しい食感を思う存分に楽しめるね。しいたけやしめじがたっぷり入ったデミグラスソースも、甘味とコクがあってすこぶる美味しい。
「そんなに遠慮しなくてもいいのに…もしかして、小食なの?」
いつもならガツガツと食べ進めているところなのだが、今回はアマユキとシェアしているからな…ペースを考えながら食べていると、アマユキに咎められてしまった。
「そういう訳じゃあないよ」
知り合ったばかりの女の子に、しかも明日から俺の先生になってくれる女の子に、粗相があってはならないと変に気を使ってしまったようだ。ここからはいつも通り、ガツガツいくぜ!
旨い、旨い、旨すぎる!小山のようなハンバーグも、二人がかりで挑めば何とでもなるもんだ。無事に完食である。
「すっごく美味しかったね!」
「ああ、ぼっけえ旨かった!」
アマユキも俺も、大満足である。
「それじゃあ…明日ね」
「おう、よろしくな」
来たときとは別方向の馬車に乗り、俺はユリーシャ邸へ帰った。もちろん、『ラナンエルシェル』での夕食も美味しくいただきました。
 




