飲める噴水
思っていた以上に朝食に時間をとられてしまったが、この後の魔法樹の健康診断は俺達にとっては慣れた作業だし、そもそもこれは急ぎの用事ではない。だから、特に問題はないだろう。
とは言え、俺達の表向きの立場を考えると、それはしっかりとやっておく必要がある。ボチボチと取り掛かるにせよ、抜かりがあってはならない。
今やこの作業はユリーシャが主に行い、それをフェリシアさんがチェックするという形になっている。不可視の錫杖で得られた情報をユリーシャの杖を使って分析し、必要があれば打診をして確認する…こんなやり方はユリーシャと俺にしかできないことだ。俺はやったことないけど。
ユリーシャとフェリシアさんが魔法樹の健康診断をし、その他4名は周囲の安全に配慮する。これはサクリファスでもパルシファルでもやっていたことなので、特に問題はない。
そうなると、カルルタリチェの街並みをもっと詳しく見たくなるものだ。とは言え、パルシファルでは傾いている街並みに気を取られてしまったからね…見るにしても、それとなく見るようにしないとな。
昨日、ユリーシャに先導されるままにカルルタリチェを歩き回ったので、この街がどういう街なのかは大体分かっている。統一感のある屋根に対して様々な色合いの壁。それでいて雑然とはしていない。いい街だよな…。
「街並みが…気になりますか?」
誰にも気付かれていないと思っていたことをユリーシャに指摘され、俺はギクリとしてしまった。何で分かったんだ?
「まあ…そうだな」
言葉を濁しながら原因を考えてみるが、まったく分からない。そんな俺に、魔剣がとんでもない裏事情を説明してくれた。
『ユリーシャ様の求めに応じ、情報を共有していました』
おい、魔剣!余計なことをしてんじゃねえよ。
まずいことに、ここには俺とユリーシャのやり取りだけですべてを察してしまう勘のいいヤツらがいる…ティアリスとアマユキだ。
「ショウちゃんはサボっていたでし!」
「何か変だと思っていたけど、やっぱりサボっていたのね」
さすがは一位武官、伊達じゃないな。俺一人がちょっとばかりサボっていても大丈夫だろうと思っていたが、浅はかだったようだ。ならば強行突破をしてやるぜ。
「この魔法樹は問題ないようだ。次へ行くぞ」
素知らぬ顔で切り抜けようとするが、そうは問屋が卸さない。
「強引な話題の転換だな」
笑いを堪えながらカレンに指摘されてしまい、強行突破は敢えなく失敗に終わってしまった。
「強引すぎてびっくりですね~」
フェリシアさんは相変わらずニコニコしているが、その笑顔は完全にブラックである。怖いですよ、フェリシアさん。
「それでは…次に行きましょうか」
ここでユリーシャがクスクスと笑いながら助け舟を出してくれた。
「そうだな!それがいい。ほら、お前ら…行くぞ!」
それに乗って何とか危機を脱したものの、俺以外のヤツらはみんな笑っていやがる。俺の身にもなってくれよ、ホントに。
街中の魔法樹は状態がいいので、ユリーシャは健康診断をどんどんこなしていく。フェリシアさんが感心したように頷いているところを見るに、何も問題はないようだ。
それを見ながら、俺は眠気と戦いつつ自分の役割をこなしていく。こう言ってはなんだが、この魔法樹の健康診断で俺がやっているのは交通誘導である。それを延々とするのは精神的にキツい。大事な仕事であることは分かっているんだけどな…こればっかりは仕方がない。
だからこそ、観光の時間というのは嬉しいものだ。目の前にあるのがただの噴水だったとしてもね。
「このカルルタリチェは噴水の多い街でもあるのです。中でもカルルタリチェの三大噴水は必見でしょうね。これはそのうちの一つ、カルディーンの噴水です」
噴水に拘っていたユリーシャが、カルディーンの噴水についての説明をし始めた。
「見事な彫像だな…」
この噴水には獅子の毛皮を身にまとい、弓矢を構えた逞しい男の像が建てられている。絶え間なく水が湧き出てくるこの噴水を、守っているかのようだ。
「あれは狩りの神カルディーンですよ。この地方では多くの人に崇められています」
なるほどね…そうであれば不埒なことをする輩も現れないだろう。
「昨日の話を覚えていますか?」
「ああ、覚えているよ。確かここの水は誰でも利用できるんだろ」
どうだね?ユリーシャ君。
「その通りです。つまりこの水は飲むこともできるのですよ」
感心したように頷きながら、ユリーシャは驚くべきことを口にした。
「…飲んでもいいのか?」
噴水の水が飲めるなんて、聞いたことがないぞ。
「そうですよ」
俺の反応が面白いのか、ユリーシャはクスクスと笑っている。
「三大噴水はもちろんのこと、それ以外の小さな噴水から涌き出る水も、飲んでも問題はありません。潤沢な飲み水は、カルルタリチェの繁栄の象徴と言ってもいいでしょう。このような上水システムができるまでは、森の中の湧き水を汲みに行っていたのですよ」
そりゃ大変だな…。
「運河が運ぶ産業用の水と、その水の力を利用した上水システム。このような仕組みは、レガルディアが大陸への進出を開始した頃には既にあったそうです。早い時代から2つの水を分けていたカルルタリチェは、水の先進都市と言っても過言ではないでしょう」
その説明をするユリーシャは誇らしげだ。
実際、これはたいしたもんだと思う。ユリーシャが噴水に拘るのもよく分かる。カルルタリチェのように上手に水を利用している街は、レガルディアにはないだろう。
こういうことがあるから観光はやめられないんだよな。尽きることなどないかのように水が涌き出てくる噴水を見ながら、俺は満足げに頷くのであった。




