異形の風車
「以前にもお話ししましたが…パルシファルを中心とした地域は干拓をして造られた土地です。かつてこの辺りには、見渡す限りの湿原が広がっていました」
ユリーシャが満足げに頷きながら話し始めた。
ここはパルシファルから馬車で2時間程走ったところだ。見渡す限りの牧草地がそこにある。こんな辺鄙な田舎で、ユリーシャ先生の授業が始まってしまうとは思わなかったぜ…。
「そうか…」
そうとしか答えようがない。他の面子も誰も止めようとしない。どうやら長い授業になりそうだ。
話を少し戻そう。この日は朝早くからコテージを掃除することから始まった。来た時と同じように綺麗にして、コテージを出る…それが俺達の流儀。原状回復ってヤツだ。掃除が終わったところでジルニトラとディサイドがやってきた。律儀に挨拶をしに来たのだ。
今朝の新聞で報じられた材木業界の談合事件には、この事件の解決に尽力した人々の名は誰も出ていない。それでもディサイドの功績は無視できないものだ。だから、来月の異動で正規の魔法戦士に昇進することが決まったそうな。
そのことを我が事のように喜んでいたのはジルニトラだ。これなら身内贔屓という批判が出ることはないからね。強面だから誤解されやすいが、あのおっさんも苦労しているようだな…。
『ピーノリブロ』で最後の朝食をとると、パルシファルとはお別れだ。シェリルさんをはじめとした『ピーノリブロ』の面々とは、昨夜のうちに別れの挨拶は済ませてある。朝は忙しくてそんなことはできないからね。
パルシファルからカルルタリチェへ。この区間は人の往来が多いので、常駐のドルイドがいる。なので俺達が魔法樹の健康診断をする必要はない。
カルルタリチェまでは、馬車に乗りっぱなしでも1日はかかるという行程だ。無理して行くこともないだろう…という訳で、頃合いを見て休憩がてら停留所で下りてみた。
そこは一面の牧草地。何で田んぼとか畑にしないんだ?とユリーシャに聞いた途端にスイッチが入ってしまった。まさかこんな辺鄙な田舎にスイッチがあるとは思わなかったな…。
「干拓する前は分からなかったのですが、そこは泥炭地だったのです。こうした干拓地はどこも地盤が沈下してしまいます…パルシファルでは運河を掘って出た大量の土を盛って土地を造成しましたが、それはパルシファルだからこそできたことと言ってもいいでしょう」
同じようにしてたら運河だらけになってしまうからな。仕方がないね。
「ってことは…運河よりも周りの土地の方が低いってことか?」
これは天井川ならぬ天井運河ってヤツだ。
「そうです。この辺りの土地は運河より3mほど低いのですよ」
「3mか…」
やはり高低差はかなりあるようだ。
「もちろん、ここでも低い土地の水を風車で汲み上げて、運河に流しています。それにより、洪水が起こらないようにしているのです」
俺達が乗ってきた馬車はもう行ってしまった…急いでいる訳でもないから別にいいけどさ。
ちなみにこの停留所で下りたのは俺達だけではない。一人の女性が下りている。彼女は少し離れた所で、感心したようにユリーシャの講義を聞いている。勉強熱心ですね。
それはともかく、ここの運河はパルシファルとは違い、主に排水路として使われているようだ。船は数える程度しかない。
運河沿いには何基もの風車が並べられている。そこはパルシファルと同じだ。その眺めはなかなか壮観である。
「ここではパルシファルよりも風車がずっと重要になりそうだな…」
下手を打ったら、とんでもない事態になってしまう。
「そうですね。ですからここではパルシファルとはまったく違うタイプの風車が使われています」
風車が堤防の上に設けられている点はパルシファルと同じだが、そこで使われている風車は大違いだ。
とてもじゃないが風車の羽根には見えない弓のように湾曲した羽根が3つ。その内側にはバケツを半分に切ったような半円筒形の羽根が2つ。どうやら垂直軸風車のようだが…こんなものは初めて見たぜ。
パッと見はどこぞの前衛芸術家が作ったオブジェのような代物だが、止まることなどないかのようにビュンビュン回っている。点検のために止めている羽根がなければ、何が何やら分からなかっただろう。
ユリーシャはこの羽根の詳しい説明を敢えて避けた。説明しても分からないと思われているようだ。そして、それは正しい判断だ。成長したね、ユリーシャ君。
「この風車で水位が上がらないように調整しているのか…」
月並みかもしれないが、凄いとしか言いようがない。
「そうなのです。しかし、この地は大きな問題を抱えていました」
ここは見た目以上に試される大地だったようだな…。




