法外な要求
ああでもないこうでもないと考え込んでいると、目がギンギンに冴えてしまい、あまり眠ることができなかった。おかげで朝からぐったりである…何やってんだか。
「大丈夫ですか?」
いつもより遅めの朝食を『ピーノリブロ』でいただいた後に、心配したユリーシャが尋ねてきた。
「ああ…大丈夫だよ」
疲れは残っているが、今日の予定に支障が出るようなことはないだろう。
それはともかく、『ピーノリブロ』で待機してくれていたザヤスとカティルには、礼を言っておかないとな。昨日は泊まり込みだったみたいだし。それでいて今日もいつもと変わらずだからね…たいしたもんだぜ。まあ…ザヤスは今日も駄弁っているだけだが。
そして、シェリルさんだ。このパルシファルにもレガルディアの魔法戦士はいるが、誰もが正体を隠して任務に当たっている。おそらく彼ら彼女らも、俺達のサポートをしてくれたはずだ。
周囲に怪しまれないように活動するとなると、どうしても制限がかかる。そこを上手く調整してくれたのがシェリルさんだった。決して表には出さないが、頭を悩ませていたことだろう…感謝の言葉もありません。
まだ疲れは残っているが、午前中は空いているからな…のんびりと過ごすことにしよう。そして、約束の時間にベンカジとドグラスが収監されている拠点を訪れる。この事件の謎、洗いざらい喋ってもらうぜ。
俺達が通されたのは簡素ではあるが、そこそこ広い部屋だった。全員が入っても問題はなさそうだ。昨日の今日だというのに、随分と変わっちまったベンカジがそこにいた。
この部屋にいたのはベンカジだけではない。こう言ってはなんだが…予想通りの人物がそこにいた。ニルスライズとオルティスである。
「そろそろ現れるんじゃないかと思っていたよ」
少しばかり嫌味っぽい口調になってしまうが、それは仕方がないだろう。
「我々は巡見使としてアルカザーマ地方を回っている。よってパルシファルにいたとしても、何もおかしくはない」
ニルスライズはいつものようにクールに答え、オルティスはいつものようにガハハと馬鹿笑いをした。
「まあな…」
ニルスライズの言い分はもっともだ。おそらくシェリルさんがジルニトラに報告したことは、ニルスライズにも伝わっているだろう…その上でこいつが何をしたのか?それが問題だ。それはこれから明らかになるはずだ。
そんな俺達のやり取りを、女子達はにこやかに見守っていやがる。何ですか?言いたいことがあればどうぞ。
もちろん、誰も何も言わない。ならば、ベンカジの尋問をしようかね…今回も俺とアマユキで尋問だ。
「お前には聞きたいことがある。別に黙秘しても構わないが、その場合は容赦しないぜ」
尋問前のお決まり文句。朝の挨拶みたいなもんだな。
「私が知っていることはすべて話そう」
もちろん、ベンカジもそれは心得ている。話が早くていいね。
「ゼレケの殺害を指示したのはお前だな?」
聞きたいことは色々あるが、まずはこの一件の発端から聞くことにしよう。
「そうだ。私が指示をした。実行役はヴァルキュリアが買って出てくれた」
わざわざ自分から手を挙げていたとはね…その目的は俺達をこの件に引き込むことだ。そして、その通りになった。不愉快な話だぜ。
「ヴァルキュリアと…それからウォーダンは、いつからあなたの用心棒になっていたの?」
「2ヶ月程前からだ」
アマユキの質問に、ベンカジは淡々と答えた。
この期に及んでベンカジが嘘を吐くとは思えない。だが、これは奇妙な話だ。ヴァルキュリアとウォーダンは、サクリファスでも悪事を働いていた。2ヶ月も前からここにいたとすると、ゼーリックの事件と被ってしまう。ならサクリファスにいたのは誰なのか?
仮説はいくらでも考えられるが、そこから先には進めそうにない。とりあえずこれは保留だ。
「あなたもゼレケに脅されていたの?」
俺が考え事に没頭している間に、アマユキが話しを進めてくれた。これも確定しているようなもんだが、物事には順序ってものがあるのだ。アマユキもそれは心得ている。
「察しがいいな…たいした額でなければ払ってやってもよかったが、そうではなかった」
これはどういうことだ?ゼレケは他の2人からは、5万しか要求していなかったはずだが…。
「いくら要求されたんだ?」
そこは確認しておかなければならないだろう。
「月に500万だ」
「は?」
予想をはるかに上回る額に、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。隣のアマユキも唖然としている。
「そんな額を払い続けることなどできはしない。しかし、だからといって殺すしかないと考えた訳でもない。そこは交渉で何とかできるだろうと考えていた」
確かに…ゼレケが吹っ掛けてきたと考えるのは自然なことで、ベンカジが減額交渉を持ちかけるのは理に適っている。
「だが、ゼレケには譲歩するつもりがまったくないようだった」
ここは疑問が生じるところだ。
「どうしてゼレケはそんなに強気だったの?」
さすがはアマユキ、押さえるべきところはきっちりと押さえてくれるね。
「はっきりしたことは分からんが…交渉の席にはいつも女が同席していた。どうもこの女が後押ししているようだった。だが、調べてみてもこの女のことはよく分からなかった」
とんでもない女がいたもんだな。
「その女、どんなヤツなんだ?」
興味をそそられて尋ねた俺に、ベンカジは驚くべき答えを返してきた。
「燃え盛る炎のような赤い髪が印象的な女だ」
そう来ましたか…。




