二つの日常
「森の中や丘の上以外にも、エポカローザ平原には多くの石壺があります。本来なら、この草原にも石の壺が密集している場所があるはずなのです。ですが、ここにはありません」
引っかかる物言いの正体は、忠実には再現されていない草原の石壺のことだったのだ。
「置かれている石壺の大きさも違います。この草原に置かれている石の壺は、小ぶりな物ばかりなのです…」
正確に再現された場所と、敢えてアレンジした場所。その違いは何なのか?
「砂を吐き出させるのに丁度よかったのかもしれないな」
それ以外には考えられない。
「そうですね…」
腑に落ちないことがあるようだが、それでもユリーシャは納得してくれた。
「ところで…この巨大な石壺はどこからやって来たんだ?」
「それを言うなら、どこで作られたのか?ですね」
俺の疑問にユリーシャはクスクスと笑い、カレンとティアリスはウンウンと頷いた。そりゃそうなんだけどさ…細かいことは気にすんなよ。
「それで…どこで作られたんだ?」
「石壺は砂岩でできていますが、この辺りでは採れません。ここから10kmほど離れた山の中に、石切り場の跡が見つかりました。石壺はそこで作られていたと考えられています」
10kmか…さすがに遠すぎるな。見にいくのは諦めることにしよう。
「そこには製作途中の石壺もあるそうです。それから鉄製のノミも発見されました。石を削るために使ったのでしょうね。今も斜面には白っぽい石がたくさん転がっているそうですよ」
この平原にある石壺も、内側はノミのようなもので削った跡が残されている。鉄製のノミを使って、中をくり抜いて作ったのだろう。
朽ちることのない石で墓を作り、そこで眠る先祖に永遠に見守ってもらう…このような考え方は、元の世界にもあった。そういう人々は先祖を大切にし、ちゃんと供養していたものだ。ならば、エポカローザ平原に住んでいた人々も、お墓参りを欠かさずにやっていたのかもしれない。
そういえば、ウチのお墓はどうなっているんだろう?俺はちょっとばかし遠い所にいるから、しばらく墓参りなんてできそうにない。だからといって恨まないでくれよ。
ああ…それから、墓参りの後に必ずみんなで食べに行っていたレストラン。竹の子の欄干が目を引く橋を渡ったところにあるアレ、なんて名前だっけ?唐揚げ定食が美味しかったんだよな…。
少しずつ遠ざかる当たり前だった日常。今の日常は…やはり俺にとっては異常なことだ。かつては焦っていたものだが、今はそうでもない。焦ったところで仕方がないし…そんなどうでもいいことを考えていると、ふと視線を感じた。
「何だ?」
視線の主はユリーシャだった。
「何を考えてるのかなーと思って」
「別に…たいしたことじゃねえよ」
こんなこと、ユリーシャには話したくない。
「だといいですけど」
少し拗ねてるね、ユリーシャは。ティアリスのように、頭をくしゃくしゃしてやろうと思ったが、やめておいた。そういうキャラじゃないからね。
それにしても、いいタイミングで俺を観察しているよな。おちおち思い出に浸ることもできやしない。一方でカレンとティアリスは、一連のあれやこれやにウンウンと頷いていやがる。いつものことだから、突っ込まなくてもいいだろう。
「そろそろ戻るか…」
それはアマユキ達と合流するという意味であり、この鏡界からおさらばするという意味でもある。
「そうですね」
ユリーシャが同意し、カレンとティアリスはまたしてもウンウンと頷いた。少しは喋れよ。
ウォーダンが造った鏡界について、分かったことはそれほど多くない。確かなことは、現実にあるどこかをほぼ忠実に再現しているということだ。一部はこの鏡界での戦いに備えて改変する…そんなところだな。
どこかに罠が仕掛けられているのではないかと警戒していたが、そんなことはなかった。そもそもヤツらの実力を考えれば、そんなものは必要ない。
或いはこれはウォーダンの趣味なのかもしれないな。ウォーダンは眷族。人を超越した種であり、神に近い存在だ。だとしても、旅行が趣味ってことはあり得る。意外と人間っぽいところもあるからね。そんなことを考えていると、つい顔がほころんでしまう。
「何か…いいことでもありましたか?」
「何でもないよ」
相変わらずの観察魔ぶりを発揮しているね、ユリーシャは。
「どうせしょうもないことでも考えていたのだろう?」
ここまで黙っていたカレンが口を開きやがった。
「そうに違いないでし!」
ティアリスよ、お前もか。
「そ、そんなことより早く戻るぞ!」
図星を指されまくって反論できない俺は、強引にこの場を切り抜けるのであった。




