救出
「ちょいと!ベンカジの旦那!どういう顔ぶれなんだい…これは」
こちらの思惑なんぞどこ吹く風、カロリーナさんがベンカジに啖呵を切りやがった。しばらくは成り行きを見守るしかないだろう…。
「あなた!」
囚われのリセクを見つけたサーニャが、悲鳴じみた声を上げる。
「サーニャ…それに母さんも。こんな所に来ちゃあいけない、逃げるんだ!」
この展開はリセクにとっても予想外のことだったようだ。2人に逃げるように迫るが、カロリーナさんにせよサーニャにせよ、リセクを置いて逃げるという選択肢はない。そもそもヤツらが逃がす訳がない。
「よくも…娼婦を使って、リセクをたぶらかせてくれたもんだね!」
カロリーナさんがベンカジを激しく罵った。
「やっぱり…罠だったんだな」
薄々気が付いていたのだろう…誰に言うでもなくリセクが呟く。
「卑怯な真似はこれっきりだ!リセクはね、あたし達に返してもらいますからね!」
そりゃ無理な話だ。ドグラスがどのような決断を下すのか…それは火を見るよりも明らかだ。信頼していたベンカジに裏切られ、頭に血が上っているようだな。
「この2人は何も知らないんだ…助けてやってくれ!」
リセクは母親と比べると冷静だ。だが、ドグラスにせよベンカジにせよ、そんな虫のいい話を飲む訳がない。
「今さら何をほざく。3人とも始末しろ!」
不快感が絶頂に達したのだろう…ドグラスは怒鳴りつけた。
「部屋が汚れる…放り出せ」
毒を食らわば皿まで。ベンカジは覚悟を決めたようだ。
「へいっ」
「おら、立てっ!」
主の指示を受け、連れてきたガタイのいいヤツらがリセクを立たせた。そうして庭に突き飛ばす。
それを見たドグラスの用心棒、あのガチムチ男がメイスを持って庭に出てきた。にやにやとした下卑た笑みを浮かべていやがる。人を殺すということを何とも思っていない顔だ。
「リセク、サーニャ…し、死ぬときはね、3人一緒だよ」
ここに来て、ようやく置かれている状況を理解したのだろう…カロリーナさんの声は震えている。それでもリセクは、ベンカジをキッと睨み付けている。サーニャは目に涙を浮かべているが、気丈に振る舞っている。
今だ!誰もがそう感じたこのタイミングで、もっとも早く動いたのはユリーシャだった。
「中に入れろ!」
「何だおめえらは…何しに来やがった!」
再び表の方が騒がしくなる。何やら押し問答をしているような…そんな雰囲気だ。庭にいるヤツらのぎろりとした殺気だった視線が、そちらに集まった。
一方で、俺達は誰も注目していない。原因が分かっているからだ。これはユリーシャがかけた幻聴の魔法。ご丁寧にも、みんなが見ている映像の端に『幻聴の魔法、準備完了』って表示してあるからね…誰もがそれを予測済みなんだ。
この絶好のチャンスを逃すようなヤツはいない。
ティアリスは一気に塀の上まで飛び上がった。それをシックスセンスで捉えていた俺も、ほとんど同時に飛び上がる。シンクロしているかのように合わせてきた俺に、ティアリスが嬉しそうな笑みを浮かべている。まだまだ余裕たっぷりですな。
塀の上まで一足飛びで上がると、俺達は塀を足場に流水の動方激流で一気に距離を詰める!
ダダンッ!
爆音のような激しい音を立て、俺とティアリスは3人を挟み込むように着地した。表の騒動に気を取られていた連中が、俺達の突然の出現に気が付く。あっ!という声が聞こえてきそうな驚きの表情を浮かべていやがる。いいね、その表情。
だが、もう手遅れだぜ…俺は既に人質3人をアモルファスで覆っているからな。この状況の激変には、カロリーナさんですら言葉を失っているね。
そこで大人しくしていろ。すべてが片付けば出してやるからよ…ていうかカロリーナさんもサーニャも大概にしてほしい。
俺が内心でそんな小言をしている間にも事態は動いている。3人を覆ったアモルファスには無数のクズのつるが巻き付き、アモルファスは塀の方に吹っ飛んでいった。
よく見ると、アモルファスからは動物の足のようなものが生えている。それで移動をアシストしているようだ。ちゃんと止まれるのか心配になるような吹っ飛び方だったが、そこはユリーシャが作ったアモルファス。塀の前できっちりと着地してくれた。それに合わせて俺達も一先ず引く…そして、ここからが見せ場だ。
「おいおいっ!揃いやがったな、悪党ども!」
俺に一喝されてビビっているヤツもいれば、そうでもないヤツもいる。それはこなしてきた場数の違いだろう。
「何だお前は!」
怒気を孕んだ声で、ベンカジがこちらの素性を問うてきた。
「通りすがりの魔法戦士だよっ」
まともに答えるわきゃねえだろ。
「やれ…やってしまえ!」
小馬鹿にするような俺の答えに、ベンカジは堪忍袋の緒が切れたようだ。気が早いヤツだな。
「静かにしろい!静かによぉ…」
俺のターンは終わっちゃいねえ!天知る、地知る…俺が知るってヤツだぜ!ベンカジの命令で一斉に動き出しかけたヤツらも、動きが止まってしまった。
「お前らの悪行三昧も、どうやら年貢の納め時だなぁ…」
そこで俺はちらりと空を見やった。今宵も月が綺麗だ。
「空見りゃ折よく真如の月。背なに背負うた夜桜は、お前らにとっちゃあ…冥土の土産よ!」
決まった…やはり戦いの前はこうでなくては!




