ベンカジとリセク
アカテナンゴ商会は、マルバイユ商会と同じく材木を扱っている商会だ。とは言え、邸宅の印象は随分と違う。特徴がないのが特徴とでも言うべき邸宅のようだ。
俺達はこのパルシファルで、エスタンシア商会とファルネーゼ商会、そしてマルバイユ商会を訪れた。どの商会にも扱っている品に対する愛着が感じられたものだ。ここにはそれがない。その代わりに、何とも言えない不快感のようなものを感じる。気のせいかもしれないが…。
ドグラスは中庭に面した応接間で待っていた。おそらく事前にベンカジから連絡があったのだろう…その表情は不愉快極まるものだ。さすがにリセクを連れてきたベンカジも、居心地が悪そうだな。
俺達は中庭とは塀を挟んだ裏路地でネコたんと合流し、ここで待機することにした。ユリーシャが俺達全員を不可視の盾で覆い、盾の周囲に静寂の魔法を応用した防音結界を張る。そして杖を使い、応接間の様子を全員が見られるようにしてくれた。
「大丈夫なのか?」
「これはウォーダンでも破るのは難しいはずです」
俺の懸念に、ユリーシャは自信を持って答えてくれた。
「そうか…」
ウォーダンと、それからヴァルキュリアに聞かれるのは別に構わない。あの2人は俺達がここにいることに気付いているからな。だが、それ以外のヤツらに聞かれるのは絶対に避けなければならない。そうなれば終わりだ。
「何か策はあるのか?」
いつものようにカレンに聞かれるが、この状況でやれることなんて限られている。
「タイミングを見計らって俺とティアリスで急襲する。リセクをかっさらったらすぐにアモルファスで俺達を包み込み、クズで引っ張り込む…それでどうだ?」
それ以外の策は思いつけなかった。でも、誰からも異論は出なかった。
「それでは、アモルファスはショウにつけますね」
ユリーシャからアモルファスが脱皮するように出てきて、俺の背中に張り付いた。これで準備万端だ。
俺達が万全の体制を整え、様子を窺っていることも知らずに、応接間のベンカジはリセクの説得にかかった。
「リセク…何て馬鹿なことをしたんだ。そんなことをしたらお前も一蓮托生じゃないか」
あのままリセクが内部通報をしていたらどうなっていたのか…はっきりしたことは分からないが、リセクが罪に問われる可能性もあるようだ。そこはパルシファルの法律の欠陥だと言わざるを得ない。
「覚悟はできています。もうこれ以上、悪事に手を染めたくはないんです」
思い悩んだ末のリセクの決断は、もはや揺るぎようがない。
「私達の手際は完璧だった。大人しくしていればバレやしない。ガッポリと金儲けをしようじゃないか」
ベンカジがいつから悪事に手を染めていたのかは分からないが、ゼレケの殺害がなければ疑われることもなかっただろう…言うだけのことはあるね。
「あんたがたの非道の手助けなんて、もう真っ平だ!」
リセクはベンカジをキッと睨みつけ、はっきりと言い切った。説得は失敗だ。さあ…どうする?
「話の分からんヤツだな…」
ベンカジとリセクのやり取りを黙って見守っていたドグラスが、呆れたようにこぼした。
「ですが…」
「もういいだろう。片付けなさい」
なおもリセクに拘るベンカジを遮り、ドグラスが最終宣告をした。
「…分かりました」
事ここに至っては、ベンカジもそれを受け入れざるを得ない。
いよいよだ…ユリーシャは不可視の盾を解いた。俺は両足に力を込め、いつでも飛び上がれるように準備を整える。そして、急襲のタイミングをティアリスに委ねた。誰もがタイミングを計っていた、その時だった。予想だにしていなかったことが起きた。
「待って!」
最初に気付いたアマユキが、急襲を中止させる。防音結界を残しておいてよかったぜ…それはともかく、その理由はすぐに分かった。
「何だおめえらは!」
表の方が騒がしい。何だ?何が起きている?
「ちょいと…どいておくれよ!」
この声は!まさか…俺は慌てて表に不可視の錫杖を飛ばした。それは聞き間違いなどではなかった。そこにいたのはカロリーナさんとサーニャだった。
バカな…何であの2人がここにいる?予想外の乱入者に、頭の中が真っ白になってしまう。もはやタイミング云々どころの話じゃない。誰もが唖然としながら、それでも指示を求めるように俺を見つめてくる…いや、俺にだって分かんねえよ!くそったれめが…どうすりゃいいんだ?




