勇気のいる賭け
「これから…どうするの?」
ようやく泣き止んだタリアが、カロリーナさんに問い質した。
仕方がなかったこととは言え、タリアはベンカジを売り渡すような形になってしまった。今後の展開次第では、タリアに身の危険が及ぶ可能性がある。そこは気になるところだろう。
「心配しなくても、あんたの証言なんか当てにはしてないよ」
カロリーナさんは穏やかに答えた。
タリアがベンカジの悪事に加担したのは間違いないが、サーニャとカロリーナさんがタリアに暴力を振るったのも間違いないことだ。ここは痛み分けだ。タリアも納得したように頷いた。最後の最後で、策士と娼婦に相応しい戦いになったな。
カロリーナさんは席を立つと、タリアを連れてきた男と一緒に戻ってきた。タリアの目が腫れていることに気が付いた男は、少し戸惑っているように見えるね。
「あとは2人で楽しんでね」
意味深なことを呟きながら、カロリーナさんは分厚い封筒を男に手渡した。
タリアには予約してここに来てもらっているのだ。訳ありとは言え、そのタリアが暴力を振るわれたことがバレると、男に迷惑が掛かるからな…事後処理に抜かりがないのは、さすが策士カロリーナである。
「これからどうするの?」
ホテルを出た所で、サーニャがカロリーナさんに尋ねた。
「リセクに真相を確認して…それからだね」
これにはサーニャも頷いた。
思っていた以上にカロリーナさんは冷静だ。リセクを罠に嵌めたベンカジに、腸が煮えくり返っているだろうに…サーニャの暴走がそうさせているのかもしれんね。
ちょうどお昼時だ。カロリーナさんとサーニャは、膝を突き合わせて食堂でご飯を食べている。いつもは犬猿の仲だが、今は休戦中。リセクがこれを見たら、腰を抜かすかもしれないね。
そのリセクだが…今日は明らかに様子がおかしい。まったく仕事が手についていないのだ。自分一人しかいない部屋なのに、目がキョロキョロと泳いでいる。おもむろに立ち上がると壁に耳を当て、外の様子を探るような真似もしている。誰がどう見ても不審だ。まるで悪事を働こうとしているようだぜ…。
見るからに不審な行為を続けた不審者リセクは、やがて意を決したように立ち上がった。その手には例の裏帳簿が握られている。やりやがったぜ…アイツ。思い悩んだ末に、ついに決断したのだ。
リセクの呼吸が荒い…その気持ちはよく分かる。これは一か八かの賭けのようなものだ。だが、裏口から外に出て来さえすれば、俺達がアイツを保護してやることができる。そこまではあと少しだ。
幸いなことに廊下には誰もいない。努めて平静を装いながら、それでも明らかな早足で邸宅から出たリセクは、急いで裏口へと向かった。俺達もそれに呼応して動く。
ここでリセクを保護するんだ!それでチェックメイトだ…ざまあみろ、ベンカジ!だが、内心で喝采を上げていた俺の足は、すぐに止まってしまった。
「ショウ、マズいわよ…」
アマユキも気が付いている。フェリシアさんも察したようだ。いつもは誰もいない裏口。そこに1人の女が立っていた…ヴァルキュリアだ。
何で今日に限って…そもそもコイツはどっから出てきやがった?いや、そんなことよりもこの状況は最悪だ。最悪すぎるぜ…。
「どこへ?」
何の感情もなく、ヴァルキュリアはリセクに尋ねた。
「な、何でもない。息抜きをしたいんだ…そこをどいてくれないか?」
どう見ても何でもなくはないが、それでもリセクは誤魔化そうとする。
「それは何?」
もちろん、ヴァルキュリアはどかない。今度はリセクが手にしている裏帳簿のことを聞いてきた。
「これは、その…」
リセクは答えに窮してしまった。見るものが見れば、それが裏帳簿であることは明らかだからな…。
「どこへ、行こうと、しているのかしら?」
小馬鹿にするようにヴァルキュリアが尋ねるが、リセクは唇をグッと噛み、何も答えない…答えられる訳がない。
リセクは気が付いていないようだが、後ろにはウォーダンもいる。この状況では、どんな手練れであっても逃げ切ることは不可能だ。終わりだな…リセクは、そして俺達は、一か八かの勝負に敗れたのだ。
ここでリセクを救出するために、ヤツらを急襲するという手は…取れない。ウォーダンがいるからだ。サクリファスでは、ユリーシャがウォーダンを抑えてくれていた。そのユリーシャはここにはいない。
もちろん、コテージにいるユリーシャ達もこの状況に気が付いている。合流して急襲という手もあるが、首尾よくリセクを奪還できるかと言われると…難しいだろう。
「ショウ、ここは撤収よ」
アマユキの判断は、理に適ったものだ。リセクをそそのかした俺としては、受け入れ難い思いもある。だが、判断を誤れば取り返しがつかないことになってしまう。ここは撤収だ。
だがな…これで終わりじゃねえぞ!この局面ではお前らの勝ちかもしれないがな、まだ終局じゃないんだ。今に見てろよ!俺はマルバイユの邸宅をきつく睨みつけ、リセクの救出を心に誓うのであった。




