チェックメイト
邸宅の裏手は、表通りと比べると人通りは多くない。そこは鄙びた通りと言っても過言ではない。だから、リセクはここを息抜きスポットにしているんだろう。いつ出てくるのか…それは分からないから、しばらく待つつもりだった。だが、意外に早くリセクは邸宅の裏口から出てきた。
何をするでもなく、リセクは静かな運河の水面をじっと眺めている。タリアとあんなことになる前は、それはただの息抜きだったはずだ。でも、今は違う。
悪事に加担している自分への怒りはあるだろう。それと同時に、自身だけでなく身の回りの人にも危険が及ぶ可能性を考えているのだろう。それらの思いをすべて考慮した上で、俺はアイツを追い込む…決断させるためにな。
「俺一人で行く」
ここはサシで話した方がいいはずだ。それにはアマユキもフェリシアさんも、何も言わずに頷いた。
俺達以外には誰もいない鄙びた通り、ここは本当に静かな通りだ。都会のオアシスってヤツなのかもしれないね。そんなことを思いつつ、俺はリセクに近付き声を掛けた。
「リセクさん…」
俺はリセクのことを知っているが、リセクにとっての俺は初見の男だ。
「俺はぁ、カロリーナさんの知り合いで…ショウってヤツで」
訝しげなリセクに、俺は愛想笑いを浮かべながら素性を話した。ここでもチャラい感じの俺に、リセクは納得してくれたようだ。
「リセクさん…あんた、心配事を一人で抱え込んでいるみたいだが…カロリーナさん、心配してますぜ」
リセクは何も言わない。ただただ運河を眺めているだけだ。
「いや、カロリーナさんだけじゃねえ。サーニャさんだって」
このまま俺一人が話し続けるんじゃないかと不安になってきたが、ここでリセクが口を開いてくれた。
「あんな、角突き合わせてばかりの二人…私のことなんて。二人とも勝手なことばかり考えているんだ」
確かに。あの二人が仲良くするなんて想像できない。お互いの主義主張を譲らんからな…しゃあないわな。
「一人ではどうにもできないことなら…パルシファルの魔法戦士に相談したらどうなんです?」
俺は核心に切り込んだ。このままカロリーナさんとサーニャのあれやこれやを聞くのも、面白そうなんだけどね。
「おかしなことを言わないでください。私が魔法戦士の方々に厄介になるなんて…私は何もしちゃあいないんだ」
早口で捲し立てるのは、後ろめたいことがあるって言ってるようなもんだぜ。
「東部方面副団長のジルニトラ様は…顔はいかついが、気持ちはよぉく分かるお人だそうだ。きっと力になってくれますぜ」
リセクにとって、パルシファルの魔法戦士は味方というより敵に近いようだ。だから、ここはジルニトラを出しに使うことにしよう。
「もういい、ショウさん。やめてくれ…私を一人にしてくれ」
強い口調で言い残し、リセクは裏口から邸宅へと戻っていった。
呼び止めたりはしない。俺はその後ろ姿を見送り、しばらくリセクの代わりに静かな運河の水面を眺めた。そして、ひとつ息を吐くと、踵を返してこの鄙びた通りを後にした。
「どうだった?」
邸宅から十分に離れた所で、アマユキとフェリシアさんと合流すると、早速アマユキに聞かれてしまった。
「戻ってからだな…」
俺は苦笑しながら答えた。
「楽しみですね~」
楽しい話ではないんだけどね。フェリシアさんはいつもこんな感じだから仕方がない。そうして俺達はコテージに戻ることにした。
「お疲れ様です。これから紅茶を淹れますね」
帰ってきた俺達をユリーシャが労ってくれるが、紅茶を淹れるのはカレンである。
いつもの美味しい紅茶で一息つくと、先程の一件をユリーシャの杖を使って見返してみることにしよう。俺とコテージ組はその内容を知っているが、アマユキとフェリシアさんは知らないからね。
「あと一歩だったでしね!」
ティアリスは前向きにこの接触を評した。
「アイツは悪党にはなりきれないヤツだ。意識的にやった訳じゃあないんだろうが、誰もがおかしいと思うことをするのはそういうことだ」
俺は一連のあれこれを簡潔にまとめてやった。
「これからどうなると思う?」
いつもの問いかけカレンさんの登場である。
「カロリーナさんはいずれ真実にたどり着くだろう…その時にはリセクも決断せざるを得なくなる。そこでマルバイユを叩く」
それには誰もが一様に頷いた。
もう王手はかかっているんだ。だからな、リセク…どん詰まりになる前に決断しろ。あの時は言えなかったこと、俺はそれを心の中で呟いていた。




