宴席の場で
こういう時、ベンカジのような立場の人間は個室を利用するものだ。そして、『モンヴェール』には、ベンカジの希望を満たす個室もちゃんとある。
そこは個室というよりかは大部屋だ。シンプルでありながらシックで落ち着いた空間は、センスの良さしか感じない。さすがですね。
この部屋には、小さいながらもステージがある。このステージで踊るのは、3人の楽団を引き連れた踊りおばさん…じゃなくて踊り子のカロリーナさんである。
よく言えば煌びやかな衣装、悪く言えば露出度の高い派手な衣装を身にまとったカロリーナさんが、セクシーな踊りを披露する。流れるようなメロディーに合わせて腰を細かく動かす踊りは、ベリーダンスのようだ。その露出度の高い派手な衣装が、躍りに華やかさを演出しているね。
みんながやんややんやの喝采を上げる中、リセクの表情は引きつっている。その気持ちは分からんでもない。職業に貴賤はないが、それはそれ、これはこれなのだ。
踊り終わったカロリーナさんには、惜しみない拍手が送られる。この場にはいない俺達も、コテージで拍手をしていた。それほどにカロリーナさんの踊りは素晴らしかったのだ。
「いやいやいや…さすがはカロリーナさんだ。躍らせたらパルシファルで一番じゃないのかい?」
ベンカジからカロリーナさんへ、最大級の賛辞が送られる。
「そんな…私はもう踊り子から半ば引退している身ですから」
こういう場合の常として、カロリーナさんは謙遜した。
「お前もそう思うだろう?」
ベンカジに話を振られ、リセクは硬い表情で頷いた。何というか…雰囲気が悪いですね。
「ああ…さあさあ、みんなのおもてなしを頼むよ」
ややもすると重い空気になりかけていたが、それを振り払うようにベンカジが接待を促した。『モンヴェール』の方々が接待を始める中、カロリーナさんはベンカジの隣にひざまずいた。
「旦那…リセクを今後とも、どうかよろしくお願いいたします」
リセクの硬い表情から何かを察したのだろうか…こちらの女の勘も鋭いな。
「ああ、任せておきなさい」
ベンカジは力強く請け負った。
「今、リセクには大事な仕事をやらせておりますから」
ちらりとリセクを見ながら、ベンカジは言い放った。
「はい…」
平静を装っている風ではあるが、リセクの顔は強張っている。
それでもベンカジの手前、あまり変な態度を取る訳にもいかない。リセクは他のヤツらと同じように酒を飲み、美味しそうな料理の数々に舌鼓を打った。そんなリセクを、カロリーナさんは心配げに見ている。
見ていると言えば、俺達もだ…もちろん、誰にも気付かれていないけどな。
「随分と無理をしているわね」
アマユキが苦笑しながらリセクを評した。まったくだ。
「ベンカジの策は失敗でしね」
ティアリスの言い分は分からんではないが、明らかに説明不足である。ユリーシャは小首を傾げてるよ。
「おそらくベンカジはリセクを懐柔するつもりだったんだろう。だが、それは失敗に終わったってことだな…」
これで納得できたようで、ユリーシャはこくこくと頷いた。
「でも、改めて脅すことはできましたよ~」
「そうだな…」
この場でわざわざ大事な仕事をやらせてる…なんて言ったのはそのためだろう。ほんわかしてても、ちゃんと見ているね。
「ですが…リセクの様子がおかしいというのがカロリーナさんにも伝わったのではないでしょうか…」
少し自信なさげではあるが、ユリーシャの言う通りだ。
「総合的に見ると、やはり失敗だな」
最後はカレンがきっちりとまとめてくれた。ありがとうございます。
俺達はリセクのことをよく知っている訳ではない。でも、見れば分かる…アイツは根っからの悪党じゃあない。リセクは今、良心の呵責に苛まれているのだろう。
だが、それは誰にも言えないことだ。それでも誰かに…もっと言えば身近な人に、気付いてほしかったのではないか…。だから、サビ残なんかしたんだ。だから、宴席の雰囲気を悪くするような真似をしたんだ。
それは計算してやっている訳ではないはずだ。それでもサーニャもカロリーナさんも気付いてしまった。気付いたからには必ず行動に移す。この綻びが膠着した事態を動かすかもしれないな…無理して楽しんでいるリセクを見ながら、俺はある種の手応えを感じていた。




