計画通りに…
その日も朝から雨だった。いつものようにネコたんをマルバイユの邸宅に行かせたが…タリアの姿が見えない。いよいよ動くつもりか?
だが、肝心のリセクは今日も邸宅でいつも通りに仕事をこなしている。タリアがいないことを訝しく思っているようだが、そのことを誰かに聞くようなことはしない。リセクにはサーニャがいるからね…タリアの存在なんぞ、所詮はその程度でしかないのだ。
結局タリアが邸宅に姿を現すことはなく、今日も特に何事もなく一日の業務が終わってしまった。タリアが何を企んでいるにせよ、それは上手くいっていないように見える…今のところはな。
夕暮れ時には雨は止み、リセクは家路についた。でも、今は帰らない方がいいと思うぜ…俺がその場にいれば、間違いなくそうアドバイスをしただろう。カロリーナさんが来ているからだ。
家まであと少しの所で、リセクもそのことに気が付いた。足を止めたリセクの表情が暗くなる。すぐには帰ろうとしない…その気持ちはよく分かる。仕方なく、リセクは物陰から2人の様子を窺うことになった。
カロリーナさんは新品の傘を持ってきていた。もちろん、ただの傘ではない。傘の持ち手は普通の傘のように曲がってはいないし、そこにはライオンのような動物が彫られている。傘の生地も無地ではなく、白と黒のストライプだ。
使い手を選ぶ傘だな…こう言っては何だが、リセクには似合いそうにない。しかし、カロリーナさんはこの白黒ストライプ傘を自信満々にサーニャに見せびらかしながら言った。
「どうだい?この傘は」
サーニャは何とも言えない表情をしている。そりゃそうなるでしょうね…。
「何もさ、破れかかった傘なんか使う必要はないじゃないか…リセクはねえ、あのマルバイユ商会の3位支配人なんだよ」
相変わらず見栄っ張りだな、カロリーナさんは。傘なんて少々破れていても問題なく使えるぞ。
「他の人よりも、給料をたくさん貰っていることだしさ。ねぇ…あんまり貧相なことをさせないでおくれよ」
百歩譲ってその気持ちは分からんでもないが、せめて普通の傘にしてくれ。
「いい稼ぎだからこそ、ちゃんと蓄えてそのうち家を買おうって…2人で思案してるんです」
ちゃんと考えているね、サーニャは。あんなに嫌み全開で言われると、話を聞こうという気にはなれんだろうが。
「お義母さんみたいに宵越しの銭を持たないようなやり方じゃあ、末は野垂れ死にですよ?」
嫌みには嫌みを。それぐらいはできないと、リセクの嫁なんてやってられない。
「の、野垂れ死にとは…何てこと言うんだい!お前は」
痛いところを突かれたカロリーナさん、言葉が出てこないようだ。ざまあみろ。
「だって本当のことじゃないですか」
まったくその通りです。
「本当…よくそんなこと言えるね。お前さんはねえ、リセクが大事じゃないのかい!」
「大事です!」
もちろん、2人は気付いていない…一連のやり取りをリセクが覗いていたことを。リセクは大きなため息をつき、踵を返してこの場を後にした。
だが、そのリセクも気付いていないようだ。自分が邸宅を出てからずっとタリアにつけられていることにはな。リセクがどこに行こうとしているのかは分からないが、タリアにとってはおあつらえ向きの展開だ。
しばらく当てもなくさ迷っていたリセクは、やがて一軒の居酒屋へと入っていった。運河沿いの、風流でありながら庶民的な居酒屋だ。どうやら一杯ひっかけて気晴らしをするようだな。
ホクホクのジャーマンポテトをおつまみにして、ビールをちびちび飲む。いいですね~。俺も一緒に飲みたいぜ。そう思っているのは俺だけではない…タリアもだ。もっともアイツの場合は、目的があってのことだが…。
「おじさん!あたしにもビールちょうだい」
「はいよ!」
注文の仕方が手慣れているな…行きつけのお店なのかもしれんね。
「一緒に飲みましょ、リセクさん」
誰にも、何の違和感も感じさせずに、タリアは相席してしまった。
「タリア…どうしてここに?」
当然の疑問。リセクはまだ酔ってはいないようだ。
「いいじゃないですか、そんなこと…」
適当にはぐらかしながらタリアはお酌をする。嫁と姑の不愉快な諍いを見てきた後だからな…お酌を受けるリセクもどこか嬉しそうだ。
「私のこと…嫌いですか?」
何度かお酌をした後で、タリアは不安げに聞いた。
「そんなことは…ないよ」
リセクは少しろれつが回らなくなってきている。それはビールのせいだけではない。
「マルバイユ商会のような大きな商会には、たくさんの従業員がいるけど…あたし、ずっとリセクさんのことが気になっていたんです」
「それは…嬉しいけど、私には…」
まだ理性があるようだが、それは時間の問題だ。
「分かってます…だから、飲んでください」
タリアはさらにビールを勧める。それはただのビールではない…睡眠薬を盛ってあるビールだ。居酒屋のオヤジにかなりの額を払い、共謀して事に当たっているのだ。上手いことやりやがるぜ。
当然、リセクはそんな裏があることに気が付かない。アイツは素人だからな…仕方がない。何度もお酌をしてもらっているうちに、リセクは前後不覚になってしまった。
「さあ、行きましょう」
リセクは気だるげに頷き、タリアに促されるままに席を立った。妖艶な笑みを浮かべるタリアは、計画の成功を確信しているようだ。タリアが会計を済ませ、2人は居酒屋から出ていった。向かった先は…一見すると普通の民家のようなホテルだ。
ここまでだな…他人の情事を覗き見する趣味はない。ティアリスはブーブー言っていたが、俺は観察を打ち切った。狙い通り、タリアはリセクの弱みを握った。今後の展開に要注目だ。




