企む女
とは言え、裏帳簿を見つけることができなければ、これは絵に描いた餅だ。おそらくリセクの上にいる2人の内の1人は、材木保管所で見かけた強面の男だろう。だが、今どこで何をしているのかは分からない。
邸宅内を捜すという手もあるが、この邸宅には間違いなくヴァルキュリアとウォーダンがいるはずだ…むやみやたらに探るのは得策ではない。ならば、引き続きリセクの観察だ。そして、その判断は間違っていなかった。
廊下でキョロキョロしている女がいる。そいつは誰かがやって来ると、用事を思い出したようにその場を離れるが…すぐに戻ってくる。
「いったい何をしているのでしょうか…」
困惑したようにユリーシャが呟いた。
「どうもリセクのことを探っているようだな…」
それしか考えられない。
「何のために?」
「そこまでは分かんねえよ…」
アマユキは興味津々で尋ねてくるが、俺は苦笑しながら答えた。
「これは間違いなくリセクを狙っているでし!三角関係でしよ!デュフフフ…」
妄想しまくりのでしでし先輩は、下卑た笑いを浮かべております。
まあ、それはともかく…いったい何をするつもりなのか?興味が湧くね。しばらくこの不審な女を観察してみることにしよう。
俺達に観察されていることなど露知らず、女はリセクを探り続ける。そして、女にとって千載一遇のチャンスがやってきた。
リセクが部屋から出てきたのだ。しかも手にした書類に目を落とし、前を見ずに歩いている。それを見た女は、にんまりとほくそ笑んだ。これは絶対に何かするぜ…。
誰もがそう思った通りに女は行動を起こした。前を見ずに歩くリセクが、廊下の曲がり角に差し掛かった時だった。絶妙なタイミングで女が歩き始めたのだ。
「キャッ!」
当然のように女はリセクにぶつかった。
「すまない、考え事をしていたものだから…」
まさかの事態にリセクは動揺を隠せない。
だが、見るもんが見れば分かるもんだ。ぶつかる際の角度、ぶつかった後の受け身の取り方…この女はぶつかり慣れている。プロのぶつかりヤーなのかもしれないね。
「いえ、私の方こそ前をよく見ずに…」
自分からぶつかりにいったくせに、よく言うぜ…。
「確か…2、3日前に入ったばかりだったね」
「はい…」
リセクと女は、ぶちまけられてしまった書類を協力して拾い集めた。その際に、女は指がリセクに触れるように書類を集めている。その度にはにかみながら軽く会釈をする女…計算高いですなぁ。
「ありがとう。名前は…なんて言うんだい?」
「タリアと申します…」
女はうつむき加減に、それでもどことなく嬉しそうに名乗った。
「失礼します」
別れ際にもタリアは軽く会釈をして、リセクの前から立ち去った。
「そうか。タリアか…」
見送るリセクは妙に嬉しそうだ。その気持ちは分からんではないが、あのタリアって女は間違いなく何か企んでいるぞ。そもそもお前にはサーニャという嫁さんがいるんだからな…過ちを犯すなよ。
「やっぱりこれから三角関係になるのでし!」
俺がリセクを心配している一方で、でしでし先輩は大喜びである。
「それはともかくとして…やはりタリアを差し向けたのはアルクニクス商会なのでしょうか?」
ドロドロの三角関係に興味津々のようにも見えるが、それでもユリーシャは話が脱線するのを防いでくれた。
「どうだろうな…確かにアルクニクスはゼレケの握るマルバイユの秘密を知りたがっていた。でも、それはあの女からゼレケにもたらされたものだ」
この事件において、あの女とアルクニクスはちぐはぐなことをしているように見える。
「ってことは、アルクニクスもそれを知っていたのかもしれないのよね…」
アマユキの言い分は、もっともなことのように思えるが…。
「そうかもしれないが…連携が上手くいっていないという可能性もあるのではないか?」
カレンの言い分も否定できないんだよな。
「だから、タリアを差し向けたのなら…納得はできるでし」
「でも、そう見せかけているだけという可能性もありますよ~」
こうなってくると、何が何やら訳が分かんないぜ…。
「タリアを差し向けたのがアルクニクスだとして…この先どうなると思う?」
訳が分からんにしても、そこは考えておく必要があるだろう。
「マルバイユ商会にはヴァルキュリアとウォーダンがいます。アルクニクス商会が何も知らずにタリアを差し向けたのだとしたら、彼女の命運は尽きているのではないでしょうか…」
曇りがちな表情で、ユリーシャは不吉な予言をした。
「でも…あの2人と連係して事に当たれば、マルバイユの秘密を探り当てるのは簡単なんじゃないの?」
ユリーシャとアマユキ、どちらの言い分も理解できるね。
「だが、そもそもその秘密はあの女からもたらされたものだ。アルクニクス商会の狙いは別にあるのでは?」
カレンの説は一理あるが…そうなってくると、収拾がつかなくなるぞ。
「なんでリセクなんだ?」
そもそもリセクはマルバイユの秘密を知っている訳ではない。
「将来的なことを考えて、リセクをアルクニクスの側につかせるつもりなのでし!」
「あの歳で3位支配人なのだから、有能なのは間違いないですね~」
ティアリスもフェリシアさんも、もっともなことを言っている。
これぞ百家争鳴だ。結論など出そうになく、考えれば考えるほど訳が分からなくなる。いや、それが狙いなのか?俺達を混乱させるため…だとしたら、アルクニクスのルートはないのか?だが、この見立てが正しいという確信が持てない。もし間違っていたら…どうする?
「どうか…されましたか?」
思考の沼にどっぷりとはまっていた俺を、ユリーシャが現実に引き戻してくれた。
「正直に言うと…迷っている。だが、俺達は賭けに出るべきだと思う」
そうじゃないと先に進めない。
「賭け…ですか?」
ユリーシャは戸惑いを隠しきれない。一方でカレンとティアリス、それからアマユキは面白そうに俺を見ている。そして、フェリシアさんは、いつものようにニコニコしている。
「アルクニクスのことは考えない。黒幕はマルバイユだ」
誰も何も言わなかった。ただただ真剣な面持ちで、俺の次の言葉を待っている。
「リセクはマルバイユの秘密の一端を知ってしまった。ベンカジにとっては、今後の危惧になるだろうな…だから、弱味を握り、自分達の方に引き込もうと考えた。そのためにタリアを近付けたんだ」
一同に緊張が走った。今後に起こりうる展開が、容易に想像できたからだ。
「のっぴきならない状況に陥れば…リセクに罪を被せ、捨て石にするつもりだろう」
リセクが罪を被ればリセクだけが破滅、拒絶すればリセクを殺してすべての罪を擦り付ける。死人に口なしってヤツだ。
「リセクはまだ自分が置かれている立場に気が付いていないはずだ。そもそもこの見立てが間違っているという可能性もある」
だから、警告してやるってのはなしだ。
「だが、この見立てが正しければ…リセクの身に危険が及ぶ可能性が高い。それでも事件の解決に大きく前進するはずだ」
俺の見立てに賛同するように、みんなが頷いてくれた。あとはベンカジだな…ヤツはどう動く?




