見れば分かる
十二番街はパルシファルの中心部からはやや外れた所にある。そこまで不便な場所ではないにも拘らず、ここに建つアパートなどの家賃は意外と安い。安さの要因は建物の傾きが激しいことのようだが、パルシファルに住む人にとっては建物が傾いているのは当たり前のことだ。だから、ゼレケもここを拠点にしたのだろう。
まずはゼレケが住んでいたアパートの管理人を訪ねることにした。
「ゼレケさんのことかい?ちょいとガラの悪そうな人だったねぇ…」
アパートの管理人は、人がよさそうなおばさんだ。
「私よりも隣に住んでいるサディキさんの方が詳しいんじゃないかしら。あの人、色んな所に出入りしてるから人を見る目はあるわよ」
なるほどね…これは期待しても良さそうだ。
「そうか…ありがとう」
「ちょっと待ってなさい」
礼を言ってサディキの部屋へ向かおうとした俺達を、おばさんが引き留めた。
「あの人、ちょっと気難しい人だからね。一緒に行ってあげるよ」
そう言いながら部屋の奥へ消えていったおばさんは、ビールとおつまみのセットを持って出てきた。気難しい人でも手土産があれば…ってね。サディキの部屋は2階の一角にあった。
「サディキさん、いるかい?ちょいと話があるんだけどねぇ」
ドアをノックしたおばさんは、よく通る声でサディキに呼びかけた。しばらくしてサディキが出てきた。
「こちらの方々があんたに話があるってさ」
おばさんはサディキにビールとおつまみのセットを手渡しながら用件を伝えた。それを受け取ったものの、不可解なものを見るような目つきでサディキは俺達を見てきた。
「ねえ…いいだろ?」
アパートの管理人であるおばさんが、手土産を持って頼み事をしてきたのだ。それを無下に断るようなことは、サディキもしなかった。
「入んな…」
ホッとしたような顔のおばさんを残し、俺達は部屋に入った。
サディキの暮らす部屋は、これ以上ないほどに殺風景な部屋だった。人が生きていくのに必要な物以外は一切ないように思える。ユリーシャ邸の俺の部屋だって、この部屋よりはマシだろう…何事にも上には上がいるのだ。
部屋には1人用の小さなダイニングテーブルと椅子がある。その椅子にサディキが座り、俺達は立ちっぱなしだ。これは仕方がない。
「そっちの話よりも先にこっちの質問に答えてもらう。お前はフォンラディアの人間だな?」
有無を言わさぬ口調で、サディキはアマユキを問い質した。
「そうよ」
アマユキもその事実を隠そうとはしない。
「なんで分かるんだ?」
素朴な疑問。アマユキと俺達の間には、何か特別な違いがあるようには見えない。
「見れば分かる。俺はハンターだからな」
サディキは苦笑しながら答えた。なるほど…アマユキの人間レーダーみたいなもんか。
「だが、お前だ。お前のことはよく分からない…お前はいったい何者だ?」
お前お前と連呼されるのも不愉快な話だが、そもそも名乗っていないのだから仕方がない。
「俺は神隠しに遭い、この世界にやってきた人間だ」
サディキに嘘をついても、すぐに見破られるだろう…ならば正直に話した方がいいはずだ。だから、俺は極めて簡潔に自分のことを話してやった。
「そうかそうか…なるほど。そういうことだったのか…」
サディキは何やら得心がいったようだ。ひとしきりククク…と笑った後に真顔になって言った。
「そっちの話を聞こうか…何の用だ?」
どうやら協力してくれそうな雰囲気だ。
「聞きたいのはゼレケのことだ。何でもいい。気になったことがあれば教えてくれ」
それがマルバイユの秘密に繋がるかもしれないからな。
「ゼレケか…一昨日の夜からいないみたいだな」
さすがはハンター。気配を見抜くことは得意中の得意みたいだね。
「昨日の朝、殺されているのが発見された」
「そうか…アイツは分不相応なことをしていたみたいだからな」
サディキは特に驚いてもいない。
「その分不相応なことを俺達は調べている。ここ最近、何か変わったことはなかったか?」
サディキは少しの間、目を閉じた。そうして記憶の整理をしてから口を開いた。
「俺は猟で仕留めた獲物を捌いて店に提供している。だから、柄にもない店に出入りすることもある。『アドーニス』はその内の一つだ」
確か…エスタンシア商会のヒナステラが晩餐会を開いたレストランだったな。こう言っては何だが、柄にもない店であることは間違いない。
「あれは…1ヶ月程前のことだ。その日も頼まれていた物を届けたら帰るつもりだった。だが、そこにゼレケがいることに気付いてな…興味が湧いて、少しばかり長居させてもらうことにした」
1ヶ月程前…か。それはゼレケがマルバイユの秘密を握ったと思われる時期だ。
「ゼレケの野郎は誰かと待ち合わせをしている感じだった。似合わねえ正装なんかして、誰を待っているのかと思ってたら…そいつは女だった」
女だと?まさか…。
「どんな女だ?」
俺は努めて冷静にサディキに尋ねた。
「燃え盛る炎のような赤い髪が印象的な女だ」
「それって…この女?」
アマユキがサディキに赤い髪の女の写実画を見せた。
「そうだ。この女だ」
やはりこの事件にも関わっていやがったか!
「2人はどんな話をしていた?」
「そこまでは分かんねえよ…」
さすがにそうは問屋が卸さないか…。
「アイツを追っているのか?」
「そうだ」
勘のいいサディキは、俺達の目的に気付いたようだ。だから、俺は簡潔に答えた。
「やめておいた方がいいぞ」
「何でだ?」
予想していなかったサディキの忠告に、戸惑いながら俺は聞き返した。
「見れば分かる…アイツはヤバい」
サディキは苦笑しながら答えた。
「そうか…」
残念ながら見たことがないんでね…アイツのヤバさは俺には分からない。見たことがあっても分からんかもしれんけど。
「お前…名前は?」
「…ショウだ」
このタイミングで聞かれるとは思わなかったので、俺は少しばかり戸惑ってしまう。
「いい名前だな」
そういえばアマユキにも同じようなことを言われたな。
「俺の名前ってそんなにいい名前なのか?」
昔の偉い人と同じ名前なら、まったく関係はないけど嬉しいものだ。
「その名は伝説の男の名だ。そいつは包丁1本でドラゴンを倒したそうだ」
…。
その人は本当に人間なのですか?
「ハンターを生業にしていると、色んなヤツに出会う。でも、神隠しに遭ったヤツは初めてだ。しかもそいつは伝説の男と同じ名を持つ男ときた…ショウの幸運を祈っているよ」
俺の名がショウということを知ったサディキは、妙に嬉しそうだ。
「ああ…色々と話してくれてありがとな」
サディキに礼を言い、俺達はこの殺風景極まる部屋を後にした。




