傾いている街
思っていた以上に朝食に時間をとられてしまったが、別に急ぎの用事がある訳でもない。だから、構わないさ。ここからは魔法樹の健康診断をボチボチとやっていくことにしよう。これはサクリファスの時と同様に、ユリーシャとフェリシアさんが手分けして行う。あの時と違うのは、ユリーシャが杖を使っていることだな。
ドルイドなら魔法樹に限らず植物の声を聞くことができる。でも、普通の人にはその声を聞くことはできない。それでも魔法樹の状態を見抜く方法はある。目で見ておかしな所がないか確認することだ。それは魔法樹の声を聞くことなどできない者が、魔法樹の状態をある程度は知ることができる方法である。
ユリーシャもサクリファスの時には目で見て確認していた。でも、ユリーシャは魔法使いだからね…しかも並みの魔法使いではない。今日は不可視の錫杖で魔法樹の外観を観察し、その情報をあの杖で分析して判断しているようだ。
おかげで木槌で魔法樹を叩きまくるようなことはしていない。もちろん、確認のためにある程度は叩いているが。
「たいしたもんだな…」
不可視の錫杖にダンシングワンズ。これまでユリーシャに作ってもらった魔法具はいずれも便利だった。それは俺だけでなくユリーシャも使っている。
でも、それをどう使うのか?そこは使用者のセンスが問われるところだ。ユリーシャには間違いなくそのセンスがあるね。
「今は不可視の錫杖で葉っぱの有無を確認しているだけですが、もう一歩進めたいと考えています」
「もう一歩?」
今でも十分だと思うぞ。
「元気な枝には水分と繊維が詰まっていますから…それを魔法的な方法で見抜くことができればいいなと」
いやはや…さすがですな。それができるようになると、ドルイドの仕事が大幅に減ってしまうかもね。フェリシアさんは相変わらずにこやかだが、内心穏やかではないのかもしれない。
フェリシアさんとユリーシャが魔法樹の健康診断をし、その他4名は周囲の安全に配慮する。サクリファスでもやっていたことなので特に問題はない。
そうなると、パルシファルの街並みをもっと詳しく見たくなるものだ。昨日はフェリシアさんに急かされてじっくり見れなかったからね。俺一人がちょっとばかりサボっていても、大丈夫だろう。
街並みを観察していると、建物に奇妙な違和感を感じてしまう。上に行くほど幅が狭まっているような気がするのだ…いやいや、これは狭まっているのではない。傾いているのだ。
見間違いかと思ってじっくり見てみたが…やはり傾いている。完全に傾いていますね。唖然としてしまうが、それを気にしているような人はいない。と言うことは、これが正解なのだろう。
この街は傾いているのだ…その事実を受け入れて街並みを見ると、実に様々な傾き方があることが分かってくる。
全体的に前に倒れかかっている家があれば、上に行くほど湾曲している家もある。下の方は隣同士がぴったり接しているのに、上に行くほど隙間が広がり板のようなもので隙間を埋めている家と家もある。ヤバすぎだろう…。
「どうか…されましたか?」
どうやらユリーシャは魔法樹の健康診断をしながら、俺も観察していたようだ。
「何でもないよ」
ここで本当のことを言えば、俺がサボっていたのがバレてしまう。何とかやり過ごさなければ…だが、そうは問屋が卸さなかった。
「ショウちゃんはサボっていたでし!」
「どうせしょうもないことでも考えていたんでしょ?」
うぐっ…一位武官コンビには見破られていたようだ。ならば正面突破をしてやるぜ。
「まあ、それは置いといてだな。ここの家々は傾いているようだが…何でこんなことになっているんだ?」
ここでわざわざ何かを横に置く仕草をしてしまったのがマズかった。
「あからさまな話題の転換だな」
笑いを堪えながらカレンに指摘されてしまった。ティアリスは遠慮なくケラケラと笑っていやがる。
「このパルシファルという街は干拓をして造られた街ですから…もともとは泥炭で、地盤がとても柔らかいのです。だから、建物の下には長い木の杭がぎっしりと打ち込まれています」
ユリーシャもクスクスと笑いながら説明してくれる。
「しかし、それは十分な長さではありません。長い年月が経つと杭の腐敗や地盤沈下が起き、建物が傾いてしまうのです」
アインラスクのように硬い地盤にまで届いている訳ではないのか…そりゃそうなるわな。
「傾いた建物の中は…やっぱり傾いているのか?」
「もちろんです」
「住人は傾いた部屋に住んでるってこと?」
「そうです」
我ながらバカみたいな質問だが、ユリーシャはちゃんと答えてくれた。他のヤツらは笑いを堪えているが。
「初めてパルシファルに来ると誰もが驚くことです。だから、ここで家を買うときには建物の下の杭が何年のものか…確認してから買うそうですよ」
とんでもねえ街だな…それでもですよ!
「『ピーノリブロ』は傾いていなかったぞ」
これは間違いないはずだ。どうだね?ユリーシャ君。
「あそこはアインラスクのように石の杭を打ち込んでいます。だから傾いていないのですよ」
さいですか…。
「基礎をやり直した方がいいと思うぞ…」
「それはそうなのですが…ここは木の方が石よりも多く採れる地ですから」
なるほどね…それなら仕方がないか。
「それぞれの街にはそれぞれの事情があるのですよ~」
フェリシアさんの言う通りだ。そして、そろそろ魔法樹の健康診断に戻ることにしよう。また笑顔がブラックになりかけているからね。




