様々な人々
予想通りの22時過ぎに、シェリルさんがコテージを訪ねてきた。他ならぬユリーシャを待たせる訳にはいかないと思ってのことだろう。
「ピーノリブロの女将、シェリルです。この度はこのような鄙びたコテージにお泊りいただき、ありがとうございます」
シェリルさんはモカップさんのように一歩引いた立場で俺達と接する訳ではないようだ。これはどちらが良いとか悪いとか…そういう話ではなく、それぞれの考え方によるものだろう。
「ユリーシャ・セレナソルノです。しばらくの間お世話になります」
椅子から立ち上がったユリーシャが深々と頭を下げた。さすがにシェリルさんも狼狽えております。いつものことだから、気にすることはない。一通りの挨拶が終わると、今後のことについて話し合うことにしよう。
「こういう話はあまりしたくないんだが…このパルシファルで俺達は事件に遭遇する可能性が高い。その場合はパルシファルの魔法戦士との連携が必要不可欠になる。有力者の後ろ楯があるとありがたいんだがな…」
サクリファスでは、バーンズが自身の立場を上手く利用して悪事を働いていた。そういうヤツが相手だと厄介だ。
「あまり大きな声では言えないのですが…東部方面副団長のジルニトラはレガルディアの魔法戦士です」
シェリルさんが驚きの内部事情を明かしてくれた。
「そいつは心強いな」
何が起きるのかは分からないが、これなら上手く対処できそうだ。
「『ピーノリブロ』にも、数名の魔法戦士が正体を偽り働いています。何らかの事件が起きれば…そこに赤い髪の女が関わっていようといまいと、全力で支援させていただきます」
頼りにしてるぜ。でも、俺達が事件を引き連れてきているみたいで…何だか悪いな。
「騒動を起こすようなことは望んでいないのですが…そうなる可能性があることを心苦しく思っています」
ユリーシャは心の底から申し訳なく思っているようだ。らしいと言えばらしいが、あまり気にしない方がいいと思うぞ。
「そんなに気にすることはないですよ。どのような地であろうとも、多かれ少なかれ事件なんて起きていますから」
それに対してシェリルさんはあっけらかんとしている。確かに事件がまったく起きない街とか村なんて、ある訳がない。
今日はシェリルさんだけがコテージを訪ねてきたが、明日にでも他の魔法戦士の紹介をしたいとのことだった。今後のことを考えるとありがたいね。準備は万全なものになりつつある。
このパルシファルであの女が何を企んでいるのかは分からないが、今度こそアイツを取っ捕まえてやる!強い決意と共に俺達のパルシファル滞在大作戦は始まったのであった。
翌日、さしあたって俺達のやることは魔法樹の健康診断だ。でも、その前にやるべきことがある。『ピーノリブロ』で朝食をとることだ。
サクリファスでは、『ティート』での初朝食から事件の芽があった。気負って朝ご飯を食べる訳ではないが、それでもどんな人がいるのか…そこはきっちりと見ておく必要があるだろう。
どうやらその考えはカレンにもあったようだ。いつもなら席を予約しているのに、今日に限ってしていない。おかげで少し待つことになったが、その間にどんな人が『ピーノリブロ』を利用しているのか…観察させてもらうことにしよう。
サッと食べてパッと出ていく人が多い中、長居をする人もいるね。
例えば魔法使いっぽい装いの学生達。ああでもないこうでもないと議論をしております。どうやら新しく作るゴーレムの仕様について話し合っているようだ。
そんな彼らをユリーシャが微笑ましく見守っている。年の頃はそんなに変わらないだろうが、ライラリッジにいた頃のユリーシャは教える立場だったからな。そういう目で見てしまうんだろう。
それから大工風の男達。ちょっとしたトラブルがあったようで、その対応策を練っているようだ。
さらには仕事ができそうなおねーさま達。こちらは付き合っている彼氏の悪口大会になっているように見える。
抱えている問題や悩みはそれぞれだが、あの時のダスラー君のようにぶっ飛んでいるヤツはいない。あんなのがゴロゴロいると、それはそれで困りものだが。
どうやらここに事件の芽はなさそうだ。ならば、俺達も朝食をとったら魔法樹の健康診断をすることにしよう。
「朝定食を6つ、お願いします~」
席へ着くや否や、フェリシアさんは有無を言わさず朝定食を注文してしまった。このやり方にも慣れてしまったな。長居してもしなくてもどちらでも良かったのだが、ユリーシャが育ちの良さを存分に発揮し、俺達も長居することになってしまった。




