目が覚めるとそこは異世界だった
気持ちのいい目覚めだった。二日酔いの苦しみは嘘のように消え去っていた。どうやら二度寝をしていたらしい…さあ、荷造りだ!作業は捗りそうな気がする。そう思い行動を起こそうとした、その時だった。
「気が付いたようだな。気分はどうだ?」
!!
文字通り、心臓が喉から飛び出しそうになりましたよ。慌てて起き上がろうとするが…できない!よく見ると半透明のロープのようなもので拘束されていた。
何だ?これは…。こんな素材のロープは見たことがない。縛られているのは見れば分かるが…縛られている感触はあまりない。驚くことに結び目もない。手首を縛られ、腕を動かせないようにするために、胸部と腰部にもロープが巻かれている。足首と膝の上も縛られている。その上で俺とベッドを縛っていやがる。
入念すぎだろう…当然、動くことなんてできやしない。
「暴れられると厄介なので、拘束させてもらった」
しれっとした口調でとんでもないことを言い放った声の主を、俺は首だけ動かして見やった。
花紫色の髪に濃紺の目、凛とした雰囲気と茜色の軍服ワンピースを身にまとった女性が、椅子に腰掛けていた。惜しむべくは肌に張り付くようなパンツ、いやタイツか?を履いていることだろうか…いやいや、そういう話ではなく。
「私はカレン・グランシェール。ユリーシャ様にお仕えする魔法戦士の一人だ。カレンと呼んでくれ。君の名前は?」
「…ショウだ。ショウ・ナルカミ。暴れないからほどいてくれないか?」
マイペースで話しを続けるカレンに、少し面くらいながらも俺は自分の名を名乗り、当然の要求をした。
「それはユリーシャ様がかけた束縛の魔法だ。だから、私にほどくことはできない」
当然の要求を当然のように拒否され、俺は口をへの字にして不満の意を示した。まあ…カレンからすれば、どこの誰とも知れんヤツなんだから、仕方がないといえば仕方がないか。
それにしても、だ。「ユリーシャ様」ときましたか…間違いなくカレンはユリーシャの仲間だな。そして、ユリーシャのことを様付けで呼んでいるから、立場はユリーシャの方が上なんだろう。ここまではすんなりと受け入れることができる。
問題はここからだ。こいつ…自分のことを魔法戦士って言ったよな。それはファンタジーRPGやライトノベルなんかに出てくる職業だ。現実にある職業じゃない。俺は今まで「私って魔法戦士なんだ!」と名乗った人間を見たことがない。
胡散臭げにカレンを見る俺。余裕の表情で見つめ返すカレン。嘘を吐いている、という感じには見えない…。
そして、最大のミステリーは、俺の自由を奪っているこの不思議なロープだ。結び目もなく俺を縛っていやがる。どんなトリックなんだ?こんなこと、ホントにできんのかよ?
分からない…素人の俺には手品を見て「すげぇ!」と思うことはあっても、そのトリックは絶対に分からない。
ユリーシャの魔法だと言っていたか?そうなのかもしれないし…そうではないのかもしれない…。ロープ以外のものはどうだ?俺はゆっくりと部屋を見回した。そして、ようやく気が付いた。ここは俺の部屋じゃない!
俺が横になっているベッドは安物のパイプベッドじゃない!カレンが座っている椅子はアンティーク調の見たことのないものだ!壁に貼られている壁紙、床に敷かれている絨毯…違いを上げればきりがない。
つまり…ここはちょっとばかし散らかってはいるが、住み心地の良いいつもの俺の部屋ではない!あまりにも衝撃的な事実に、俺は愕然としてしまう。そこにカレンがより詳しい説明をしてくれた。
「気が付いたようだが、ここはショウがいた世界ではない。簡単に説明するとショウは神隠しにあったようだ。今朝方、ユリーシャ様が庭でショウを発見されたのだ。私達はショウをこの部屋に運び、お互いの身の安全のために束縛した」
そこまで気が付いていた訳じゃあないが…。神…隠し……?
そうとしか思えない不思議な現象があることは知っている。それをオカルトと決め付け、全否定するつもりはない。でも、それは誰かの身に起こることであって、自分の身に起こることではないと思っていた。まさか…そんなものに巻き込まれるとはな。ショックのあまり頭がうまく働かない。と、
チリンチリン♪
軽やかな鈴の音が室内に響いた。
「帰ってこられたようだ」
誰が?とは聞くまでもない。カレンが敬語を使う相手だ。まず間違いなくユリーシャだろう。姿が見えないと思っていたが、どうやら出かけていたらしい。
音もなくカレンが立ち上がると、自分が座っていた椅子を窓際に運び、そこにあったもう一脚の椅子を代わりに持ってきた。そして、部屋の外へ出て行った。