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【週刊】目が覚めるとそこは…異世界だった!【第6章、連載中。長編にも拘わらず読んでくれてありがとう】】  作者: 鷹茄子おうぎ
第4章 パルシファルの嫁と姑

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守りたいもの

すべでのヤギの乳搾りを終えて外に出てみると、ヤギたちは別の山に登り始めていた。搾った乳は陶器の容器の中に入れて集乳所へ運ぶようだ。その作業を初老の男と一緒にしながら、キプルトが山羊飼いになった経緯を語ってくれた。


「もう引退したけどね…親父の代まではヒツジを飼って一家を養っていたんだ」

「どうしてヤギに代えたんだ?」

どちらでも一緒のような気がするが…。


「主に牧草を食べるヒツジに対して、ヤギは何でも食べるからね。こういう山の中だとヒツジよりもヤギの方が、飼うのに適していると思ってさ」

そういえば、ヤギは丘の斜面に生えていた灌木の葉も食べていたな。ヒツジはグルメでヤギはそうでもないってことか…。


「ヤギはとても可愛いよね。一度愛情を注いだらもう離れることなんてできないよ」

「まさに天職だな」

キプルトにとって、これ以外の仕事に就くことは考えられないだろう。


「そうだね。幼いころから動物と村が大好きだったから…この仕事は天職だね」

キプルトは誇らしげだ。


「それでも親父は動物相手の仕事を継ぐことには反対だったんだ。決して楽な仕事ではないからね。昔と比べると餌の値段が随分と上がっちゃってさ…生活はキツいよ」

集乳所は搾乳小屋の隣にある。リヤカーに乗せたヤギの乳をキプルトが初老の男と一緒に運ぶと、午前中の仕事には一区切りがついたようだ。


ここにはキプルトのような山羊飼いが一休みできるように、小さな小屋も建てられている。ここで少し早めの昼食をとったらヤギたちを追いかけて山を登るようだ。


「ヒツジの乳のチーズは熟成した方がいいんだよね。絶対に必要って訳でもないんだけどさ…そっちの方が美味しいし高く売れるんだ。でも、それには時間が必要ですぐにはカネにならない…ヤギのチーズはそうじゃないんだ。フレッシュチーズでも十分に需要がある」

カネに換えやすいってことか。それは大事なことだ…生きていく上ではね。


「食べていくだけなら何とかなるかもしれないけど、それだけじゃあないもんな」

「そうだね。現金収入ってヤツは誰にとっても必要なものだ」

キプルトはいつになく真剣な表情で頷いた。


ヒツジからヤギへ。たとえ形が変わったとしても、代々受け継がれてきた牧畜の仕事を守りたい…それがキプルトの思いなのだろう。では、その後は?聞くようなことではないかもしれないが、それはキプルト自身が話してくれた。


「息子が2人いるんだ。どちらもヤギたちが大好きでね…今日は来てないけど、よく乳搾りを手伝ってくれるんだよ」

キプルトは破顔一笑したが、どことなく複雑な表情でもある。


「後を継いでほしくないのか?」

「正直に言うと、勧めたくはないかな…この仕事をしていると趣味を持つことも旅行することもできないからね。将来が心配だよ」

キプルトは首を横に振った。でも、同じことはキプルトも父親から言われていたはずだ。


「父としては色んな意味で厳しい仕事だぞってアドバイスしたいね…」

呟くように言葉を発したキプルトは、そこで思わず噴き出してしまった。


「でも、それは親父にも言われたことなんだよね!そして、俺は山羊飼いになってしまった」

面白くて仕方がないと言わんばかりに笑っているキプルトに、俺達もつられて笑ってしまった。


きっと2人の息子のどちらかが…あるいは2人とも後を継ぎたいと言い出すかもしれない。そんな将来を想像しているのだろう。そして、それは荒唐無稽なものではないはずだ。


「先のことなんて誰にも分からないものさ」

どんなことだって起こり得る。他ならぬ俺が言っているんだから間違いない。


「そうだね…うん、そうだよね」

もちろん、キプルトは俺が異世界人なんてことは知らない。だから一般論として受け取ったようだ。


「それじゃあ、行こうか!」

昼食と、それに続く雑談を十分に楽しんだ。そろそろ仕事に戻るべきだろう。


俺達が一休みしている間にヤギたちは山を登り、そこでのんびりと食事をしているようだ。適度に木が切られた山には下草が十分に生えている。人にとっては登りやすく、ヤギにとっては食べ物だらけ。うまい具合に造られているもんだ。


「ヤギが食べるのは下草だけじゃあないんだ。木の葉や小枝、時には木の皮だって食べるんだよ」

「何でも食べるんだな…」

元の世界ではヤギによって植生が変わり、厄介者扱いされることもあった。納得だね。


「でも、ヤギはヤギで好き嫌いがあるんだよ。なんでも綺麗さっぱり食べてくれるヤツもいれば、意外とグルメなヤツもいる…可愛いよね」

蓼食う虫も好き好きってことか。


「もちろん、食べてくれない草もある。そういうのは人の手で除草しないと駄目なんだ。そうじゃないとそればかりが生い茂るようになるからね」

一見するとヤギと一緒にブラブラしているだけだが、キプルトはしっかりとヤギたちを観察しているのだ。たいしたもんだね。


夕方になるとキプルトはヤギたちを山から谷へと追っていった。そこからアルジャンナのある丘へ。丘の周囲は魔法樹で囲われているので、山と比べると安全な場所だ。どうやらヤギたちの夕ご飯は灌木の葉と下草になりそうだ。色んな草が生えているからグルメなヤツも満足できるんじゃないかな。


「今日は一緒に仕事ができて楽しかったよ。ありがとう」

俺達は特に何もしていないのだが、キプルトは朗らかに礼を言ってきた。


「色々と勉強になったよ。ありがとな」

これは本心からそう思う。


キプルトから誘われなければ、山羊飼いの仕事を体験することなんてなかったかもしれない。漠然とヤギという生き物についての知識はあったが、本で知ったヤギと実際のヤギとはだいぶ違うところもあった。


それは当たり前のことなのかもしれない。でも、なかなか気付けないものだ。だからこそ、今日という1日には価値があったと思う。こういうのはこれからも大切にしていきたいな。

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