辺鄙な村の逸品
「そんなことよりザナっちは何でこんな田舎に移り住んだのでしか?」
先輩、少しは遠慮してくださいよ…。
「もともと私はミスワキに配属されていたんです。そこでの生活には満足していたのですが、ミスワキの雑貨店で見つけたポーチに一目惚れしちゃいまして…それ以外ではタペストリーとかクッションも良かったですね!」
この勢いには圧倒されてしまうね。
「次第に買い揃えるだけじゃなくて、自分でも作ってみたいって思うようになったんです。そしたら作られているのがアルジャンナの村だって知って、それでここに移住することにしたんです!」
余程好きなのだろう…目をキラキラさせながらザナっちは答えてくれた。
「この部屋にも飾られているんですよ!」
そう言いながら指し示したのは、壁に掛けられているタペストリー。独特の紋様と多彩な色使いには、誰もが心を奪われるだろう。まさに芸術である。
「美しいですね…」
ユリーシャはじっとタペストリーを見つめながら、呟くように評した。
「ですよね!これはお義母さんの作品なんです。私のお師匠さんなんです!もしよければ機織りを見学してみませんか?」
「そ、そうですね…。明日…魔法樹の健康診断を終えた後に見学させてもらいます」
ぐいぐい迫ってくるザナっちに、ユリーシャは少し引き気味だ。苦笑しながらバレガがザナっちの肩にポンと手を置いた。
「す、すいません…」
ザナっちは恐縮しまくっているが、そんなに気にすることはないと思うぜ。
「個性は大事でし!」
ウチの一位武官もああ言ってるんだしさ。
「ですよね!」
立ち直り、早えな…。
辺鄙な島の辺鄙な村に集ったレガルディアの関係者達の会合は、ティアリスとザナっちのおかげで和気あいあいとした雰囲気で幕を閉じた。そんなに長居するつもりはないが、こういう感じだと長居したくなるね。
翌朝は昨日と同様に魔法樹の健康診断だ。と言っても、残りは僅かだからな…午前のうちには終わるだろう。ハルディーン街道をサクリファスへ。現場へ向かいますかね。
「ハイーーヤッ!」
その道中で聞き覚えのある叫び声と、鳥の鳴き声のような指笛の音が聞こえてきた。姿は見えないが、キプルトだろう。
ヤギを追い、谷底にある小屋で何かをしているようだ。話をすると長くなるし、何より今は仕事中で邪魔したくない。とは言え、向こうも俺達に気が付いているようで、大きく腕を振ってくれた。負けじと大きく腕を振り返してそれを挨拶とし、この場は別れることにした。
さてと…俺達も仕事だ。昨日と同様にフェリシアさんの指揮の下、ユリーシャがウッドゴーレムを使って枝を切り落とし、俺達はドロドロの墨汁のような消毒薬を塗りまくる。
「切った枝はそのままでいいのか?」
ある程度まとめて置いているが、片付けてはいない。どうするんだろう?
「今回は現地の人達に片付けてもらおうかな~って思ってます」
いつもニコニコなフェリシアさんだが、その笑顔には2種類ある。今回はもちろんブラックなヤツだ。でも、そのおかげで早く済んでいるというのも確かだからな…俺は許すぜ。残りの作業をさっさと終わらせると、アルジャンナにとんぼ返りだ。
「おかえりなさい!早かったですね」
今日も元気一杯にザナが出迎えてくれた。
朝早くから開いている『ティート』と比べると、『ベルドゥラ』の朝は遅い。アルジャンナの人々は朝ご飯は自宅で食べる人が多いようで、需要がそれほどないからだ。それでも村人達にとってここは憩いの場。だから、『ベルドゥラ』も朝の小休止に合わせて店を開けている。
どうやら一仕事を終えたようで、あちこちから村人が集まってきていた。俺達もその内の一組だ。紅茶を飲みながら何をするでもなくのんびりと寛いでいると、あっという間に昼になっていた。当然、昼食はここで食べる。他にお食事処はないからね。
「ここのおすすめは鶏ざんまいなのですよ~」
いつもニコニコなフェリシアさん、これは信用してもいいヤツだ。だから、みんな鶏ざんまいを注文することにした。
さてさて、注目の鶏ざんまいがどんな一品かというと…それは顔がすっぽり入ってしまうほどの大きな深皿に盛り付けられたスープカレーである。
サラサラで深みのある色合いのスープに浸かっているのは湯むきしたプチトマトにしいたけ、ニンジン、ゴボウ、それからブロッコリーなどなど…何種類もの焼き野菜が実に彩り豊かだ。
もちろん、それだけではない。その名の示す通り炙りチキンと鶏皮餃子に温泉卵もしっかりとした存在感を発揮している。具沢山で賑やかな一品だね…いやいや、本当に賑やかです。見ているだけなんてもったいない。早速いただいてみましょう!
「複雑な味わいね…とても美味しいわ」
普段はフェリシアさんのやる事なす事の大部分にケチをつけているアマユキだが、これは認めている。
「口当たりはまろやか…香りが充満し、その後に辛みがくる。素晴らしいスープだ」
料理ガチ勢のカレンが言うと、説得力があるな。
「ですよね!野菜から丁寧にとったスープに8種類のスパイスを加えて作っているんですよ」
得意げなザナだが、作っているのはバレガである。
「10種類ぐらいの野菜を使っているんです。使う野菜は季節によってもその日によっても変わってきます!」
それでもちゃんと勉強しているのだろう…詳しく説明してくれた。
確かに野菜は美味しかった。でも、主役はやはり鶏肉だ。そちらはどうかな?
まずは炙りチキンからだ。香ばしく焼かれた鶏肉がゴロゴロしている。そのうちの一つを口に入れると、やみつきになりそうな香りが口の中いっぱいに広がった。
「スモーキーな味わいだな…」
プリップリの炭火焼鳥のモモって感じだ…こいつは旨いぜ。
「鶏肉は調理法にもこだわってますから!煙を立てながら焼くことで、焼き鳥みたいな香りになるんです」
なるほどね…どうりで香ばしいはずだぜ。香ばしいだけでなく、ジューシーで旨みが弾けてくるのも高ポイントですな。
「炙りチキンも美味しいですが、鶏皮餃子も最高ですよ~」
「カリッとしていてモチッとした食感が堪らないでし!」
フェリシアさんとティアリスは鶏皮餃子を堪能しているようだ。
「中からジュワっと肉汁が溢れてくるのもいいですよね!」
肉汁たっぷりは正義ですよね!ザナさん。
最後にとろりとした温泉卵を食べるのが、この極上のスープカレーの正しいいただき方だ。スパイシーでスモーキーなスープにまろやかさが加わる…この味変、堪りませんな。少し待たされたものの、これほどのスープカレーを作ってくれるとなれば、誰もが待ったかいがあったと思うはずだ。
「味わえば味わうほどに色々な美味しさが出てくる…素晴らしいスープカレーですね」
「ありがとうございます…」
手が空いたようで、厨房から出てきたバレガをユリーシャが労った。
「今後はどのようなカレーを作っていくつもりですか?」
ユリーシャ、今日はグイグイいくね。ザナのアレが移ったのかもしれん。
「これまでにも人が見て驚くようなカレーを出してきました。それでも美味しい食材はたくさんありますから…それを使って新しいカレーを作りたいですね」
まさにカレー道を極めようとしている人だな…。
「ホントにカレーが好きなんだな…」
思わずそんな感想が口を衝いて出てしまった。
「毎日、カレーを食べてますから」
それに対して、バレガは何でもないことのように答える。さすがですね…恐れ入りました。




