はたご屋ベルドゥラ
俺の背丈ほどもある立派な石垣が、通りに沿って続いている。不揃いの石を器用に積み上げた石垣は、素朴な趣で威圧感はまったく感じない。
石と石の間の僅かな隙間にしっかりと根をはったサボテンが、俺達に「こんにちは!」と挨拶をしてくれているようだ。フェリシアさんは目をキラキラさせている。サボテン、好きだもんな。
石垣に沿って歩くと、『はたご屋ベルドゥラ』と書かれたおしゃれな木製看板があった。その看板の上には、「入り口こっち」と書かれた看板が設けられている。階段を上がった所に『ベルドゥラ』はあるようだ。
階段を数段上ると、ツタで覆われた立派な建物がある。入り口では可愛らしいヤギの置物が俺達を出迎えてくれた。色とりどりの野菜が入ったカゴを背負っているのも、ほんわかしていて癒されるね。
『ベルドゥラ』は1階がレストランで2階が宿泊施設になっている。宿屋でもあるが食事処でもあるのは、『ティート』と一緒だ。ということは、この『ベルドゥラ』もレガルディアの拠点という顔を併せ持っているのだろう。
「いらっしゃいませ!」
宿のチェックインもレストランの会計も同じカウンターでこなしているようで、ミリッサを彷彿とさせる元気な女の子が応対してくれた。
「予約をしていたカレンだ」
「お待ちしてましたー。こちらへどうぞ!」
簡潔に用件を伝えたカレンに、敬語なんだけど敬意よりも親しみやすさとか元気を感じる女の子の案内で、俺達は2階に上がった。
「ユリーシャ様のお部屋はこちらです!」
ユリーシャを様付けで呼んだ辺り、どうやらこの元気な女の子も変装をしているレガルディアの魔法戦士のようだ。ここには俺達しかいないから別に構わないかもしれないが、ちょっと軽率なような気もするね。
「ありがとうございます…」
ユリーシャも苦笑している。この娘は変装があまり得意ではないのかもしれない。
一人に一部屋かと思いきや、カレンとティアリスは同部屋でアマユキとフェリシアさんも同部屋のようだ。そうなると俺は一人部屋。何だか悪いな…と思いつつ案内された部屋は…狭い!ちらりとしか見ていないが、ユリーシャにあてがわれた部屋とは雲泥の差があるぞ。
「ショウさんの部屋はこちらになります…色々ありまして、このクラスの部屋しか空いてないんです…」
さすがにバツが悪いのか…これまでの元気が影を潜めてしまった。俺に難癖をつけられるとでも思っているのかもしれない。
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
もちろん、難癖をつけたりはしない。俺は丁寧に礼を言った。少し驚いた表情を浮かべた女の子は、深々と礼をして去っていった。
去りゆく女の子を見送りながら、俺は異世界人をなめるなよ!という思いを抱いていた。確かに狭いが、俺はこれよりも狭い部屋を知っている。カプセルホテルである。
その名の通り、人ひとりが横になれるぐらいの大きさしかないカプセルホテルと比べると、この部屋は随分と広い。ベッドの他に小さいながらもサイドテーブルがあり、立って動くこともできる。カプセルホテルにありがちな圧迫感もまったくない。快適だね。
「こういうのでいいんだよな…」
夕食の時間にはまだ早い。ゴロンとベッドに横になって寛いでいると、ガチャリとドアが開けられてしまった。誰かと思えばカレンである。ノックぐらいしろよな…。
「えーっと…何か?」
何を言うでもなく部屋を見渡すカレンに、俺から声をかけた。
「寛いでいるところを邪魔するようで悪いが…ユリーシャ様がお呼びだ」
それならそうと早く言ってくれ…俺はカレンと一緒にユリーシャが泊まる部屋を訪れた。そこには俺達以外のいつものメンバーだけではなく、初見の男性とあの元気な女の子がいた。
「本日は遠い所からアルジャンナの村へお越し頂き、ありがとうございます。私はこの『はたご屋ベルドゥラ』の主のバレガ。こちらは妻のザナです」
「ザナです。よろしくお願いします」
どうやらこれからお世話になる『ベルドゥラ』の方々が挨拶に来たようだ。
バレガは年齢不詳の男だが、おそらく40代だろう。キプルトが「バレガは若いお嫁さんをもらったばかり」と言っていたからね。銀灰色の髪が渋いな。
その若いお嫁さんこと元気な女の子のザナは、菜の花色の髪の可愛らしい女の子だ。10代…ってことはないと思うが、女性というよりかは女の子って感じがするね。
「その…だな。2人は…レガルディアの魔法戦士?」
聞いていいのかどうかは分からないが、聞かずにモヤモヤするのも嫌なので、ここは聞いておくことにした。
「私はずっとこの地で暮らしていますが、その通りです」
バレガの答えは俺の予想通りのものだった。やはり『ベルドゥラ』もレガルディアの拠点の一つなのだ。
「私はミスワキの出身です!嘘ですけど」
悪びれることなく嘘を吐くザナさん、さすがですね…。
「私もザナもアルジャンナの人々に危害を加えるつもりはありません。レガルディアは私達のような魔法戦士に偽名を使うことを勧めていますが、できるだけ隠し事はしたくないので…本名で活動しています」
レガルディアの魔法戦士も色々だな。それでも、疑問に思うことがある。
「ずっとこの地で暮らしているってことだったが…レガルディアにとってアルジャンナとは何なんだ?」
おそらく存命だろうが、バレガの両親もこの地で生まれ育ったのだろう。レガルディアにとって、ここはそんなに重要な所なのか?そうは思えないが…。
「大災厄の際に、辺境の都市や村は次々に放棄されました。ハルディーン街道にもこの先に村がもう一つあったのですが、街道の復旧が難しいこともあり放棄されました。ここは終着の村。ここから先は辺境です。村の灯を絶えさせてはならない…その思いはレガルディアも同じです。そのために私達はここにいるのです」
そう答えたバレガからは、強い信念が感じられた。
これは…俺が浅はかだったようだ。レガルディアとかサクリファスとか…そういう問題ではないのだ。バレガはこの世界に住む人間の一人として、この問題に向き合っているのだろう。大きな人だな…背は俺よりも少し低いぐらいなのに、そう思わざるを得なかった。




