予定されていた結末
ここ数日、俺達はサクリファスとアルジャンナの間に植えられている魔法樹の健康診断をしていた。それは中途半端な所でやめている。表向きは魔法樹の健康診断をするためにここに来ているのだ。ならば、それは最後までやるのが筋というものだろう。
とは言え、今からだと現場に着く頃には日が暮れてしまう。明日にしますかね。となると、今日はゆっくり過ごすしかないよな。ちょうどカレンが紅茶とブラウニーを用意してくれたところだ。一息つくとしよう。ああ、そうだ…コテージに戻ったら聞こうと思っていたことを、ユリーシャに聞いてみるか。
「ウォーダンってのは何者だ?」
ユリーシャは口に入れたばかりのブラウニーをじっくりと味わってから、答えてくれた。
「ウォーダンは魔術に長け、知識に対して非常に貪欲な魔法使いです。ヴァルキュリアとウォーダンは共に眷族として恐れられています」
「眷族?」
聞きなれない言葉に、俺はオウム返しで聞き返してしまった。
「人を超越した種族、神に近い存在…はっきりとしたことは分かっていませんが、眷族はそのように考えられています。2人の虹彩が金色に輝いていたのはその証です」
「なるほど…」
どうりで強いはずだぜ。
「前衛のヴァルキュリア、後衛のウォーダン…理想的なコンビだな」
敵ながら天晴れと言わんばかりにカレンが評した。まったくその通りである。厄介ではあるが。
「私にも聞きたいことがあります」
今度は逆にユリーシャに聞かれてしまった。
「何だ?」
俺でも分かることなら何でも答えてやるぜ。
「バーンズにいつ気が付いたのか?と聞いていましたが…あれはどういうことですか?」
「ああ…そのことか」
俺は紅茶を口に含みながら頭の中を整理した。
「ダスラーは剣の腕は立つが、性格的にはアレだからな…魔法戦士としての総合的な評価はイマイチといったところだろう。しかも謹慎中の身となれば、アイツの言うことがすんなりと信じてもらえる訳がない。だが、呼び出された魔法戦士達は、ダスラーの言い分を疑いを挟むことなく信じていた」
ユリーシャはこくこくと頷いているが、その表情は驚きに満ちている。
「あの邸宅だってそうだ。俺は不可視の錫杖であそこを一度見ているが、その時と比べるとずっと厳重な警備がされていた。その時点ではたいしたヤツが収監されていた訳でもないのにな…まるでバーンズが捕まることが分かっていたかのような対応の仕方だった」
俺は何者かの指示があったことを示唆した。
「誰かが…そうなることを想定した上で対策を講じた…ということですね?」
ユリーシャの目が鋭くなる。どうやらすべてを察したようだ。
「そうだ。大方あの女の指示を受けたアルクニクス商会がサクリファスに働きかけたんだろうな…」
「つまりあの人にはバーンズを助けるつもりなどなかった…ということになりますね」
敢えて確認してくるところは、ユリーシャらしいね。
「そういうことだ。それはあの女が寄越したのがヴァルキュリアとウォーダンだけだったことからも明らかだ」
それは結果を見ればよく分かる。
確かにヴァルキュリアはティアリスと、そしてウォーダンはユリーシャと互角…いや、それ以上の戦いをしていた。だが、それが全体の趨勢に大きな影響を与えた訳ではない。あの2人と同程度の実力者があと4人いれば話は違っていただろうが…。
「不愉快な話でしね」
ティアリスは不満そうだ。その気持ちはよく分かる。
「再戦の機会はあるさ…嫌でもな」
次にあの女が何をするつもりなのか…それは分からないが、その時には必ずヴァルキュリアとウォーダンも関わってくるはずだ。決着はその時だ。
シリアスな話が一段落すると、銘々が思うがままに時を過ごした。もちろん、俺はバットの素振りである。ユリーシャにバットを作ってもらってから、素振りは一日も欠かしたことがない。いつどんな時でもできるように、小さな鏡界も造ってもらった。
虚空に浮かぶ直径1m程の円環をくぐれば、そこにはユリーシャ邸の白の部屋のような空間が広がっている。大きさも同じくらいなもんだ。無心になってバットを振り、今日もいい汗をかいたところで元の世界に戻ることにしよう。
それからは明日のことを考えながら、夜を過ごしていた。今日も一日が終わったな…などと思っていたが、そうは問屋が卸さない。
コン、コン
極めて事務的にドアノッカーが鳴らされた。誰だ?来客の予定などないはずだが…警戒しながらドアを開けると、そこには予想外の人物がいた。ニルスライズとオルティスである。




