狂う歯車
「転機が訪れたのは1年程前のことだ。儂はグレイゴーストのゼーリックとして、十分に稼いだ。そろそろ潮時だと思ってな…どう店仕舞いするのかを考えるようになった。だが、筋は通す必要がある。キアラマリアに相談したところ、少し待ってほしいとのことだった。折を見て話を持ちかけてみたものの、なかなか前には進まなかった」
そこには多少の不快感がにじんでいる。
「何でだ?」
キアラマリアにとって、ゼーリックはそれほど重要な存在だったのだろうか?そうは思えないが…。
「アルクニクス商会には協力金を支払っていたからな…それがなくなるのを嫌ったのかもしれないな」
これは上納金みたいなもんだろう。それでもそのためだけにゼーリックを必要としていたとは思えない。
「事態が動いたのは2ヶ月程前のことだ。偽のゼーリックを用意し、それを殺害することでゼーリックという存在をこの世から消し去る…そのように決定されたのだ。アルクニクス商会が適当な人物を用意し、事に当たることになった」
わざわざこの時機にしたのは、俺達を巻き込むためだろう。
「偽のゼーリックは誰だったの?」
アマユキがあの男の名を尋ねた。ゼーリックとして処理された名もなき男にも、家族がいたはずだ。ならば、ちゃんと弔ってやりたい。
「パルシファルで殺人を犯し、死罪の判決が下された男ということだった。丁度いいと思ったのだろう…アルクニクス商会が裏から手を回し、サクリファスへ連れてきたようだ」
何ともはやだな…それにしても、偽ゼーリックとバーンズは似ていなかった。それでもバレなかったのは、グレイゴーストの入れ墨のおかげだろう。
「偽ゼーリックの殺害はギルマのツテを使い、適当な輩にやらせるつもりだった。だが、キアラマリアは実行役をこちらで準備すると言い出した。それならそれで構わなかったから、そこは任せることにした。紹介されたのがあの2人だったのは予想外だったがな」
バーンズは淡々と内情を説明してくれた。
偽ゼーリックの殺害は、その筋の輩にとっては容易い仕事だろう。そんな仕事をあの2人にやらせるとはね…草野球の助っ人に現役メジャーリーガーを連れてくるようなもんだな。
「ヴァルキュリアと…あの老魔法使いは何者だ?」
バーンズなら知っているはずだ。
「ウォーダン」
ウォーダン?その名に心当たりはなかったが、ユリーシャは得心が行ったように頷いている。後で聞いておくことにしよう。
「2人は偽ゼーリックに手を下した後も、キアラマリアの指示で儂の身辺警護をすることになった。あまり使い勝手がいいとは言えなかったがな」
やはりあの2人はあの女の指示で動いていたのだ。
「偽ゼーリックを仕立てて殺害する…この策は上手くいったように見えた。だが、あの彫り師に見破られたことで少しずつ歯車が狂い始めた。殺されたゼーリックは偽者。そんな噂が流れ、詳しく捜査されるようなことは何としても避けたい。そこで彫り師を殺すことにした」
一度生じた綻びは、取り繕おうとしてもなかなか上手くいかないものだ。
「彫り師殺害の罪は、ダスラーに被ってもらうことにした。ダスラーは矢場の女に入れ込み、その女は彫り師に気があるようだったからな。苦し紛れの策だったが、上手くいったように思えた。だが、裁判の結果は芳しいものではなかった」
ダスラー君は、俺達の証言もあって有罪にはならなかった。バーンズにとっては痛かっただろうね。
「でも、どうしてこんなにも早く動いたの?」
アマユキの疑問はもっともだ。裁判の後はじっくりと雌伏して、ほとぼりが冷めるのを待つ…そうすれば結果は違っていたはずだ。
「色々あってな…早く終わりにしたかったのだ。判断ミスであったかもしれんな」
坂道を転げ落ちるように、バーンズを取り巻く環境は悪化の一途を辿っていった…この1ヶ月を形容すると、まさにその通りになるだろう。
「ところで…お前はいつ気が付いたんだ?」
何でもないことのように、俺はバーンズに話を振ってみた。
「気が付いていればとっくに逃げておる」
バーンズにもその意味は分かっているのだろう…苦笑しながら答えてくれた。そりゃそうだよな。
さてと…これで聞きたいことはすべて聞けた。バーンズの尋問はこれぐらいでいいだろう。だが、最後にこれだけは言っておかなければならない。
「ライフィスだ」
「む?」
バーンズは怪訝な表情を浮かべている。やはり知らなかったんだな。
「お前達が殺した彫り師の名前だよ…覚えておけ」
「そうか…そうだな」
バーンズは再び苦笑しながら答えた。今度こそ俺達は席を立ち、この飾り気のない部屋を後にした。




