万全の体勢
しっかりと腹ごしらえをすると、今度はみんなでゼーリックの屋敷を観察だ。ここからはいつ動きがあってもおかしくないからな。
「通りの往来が少なくなると、動きが大胆になってきたでし!」
ティアリスさん、ウッキウキです。
「そうだな…もう日が落ちたからな」
ここまでのヤツらの動きはセオリー通りで分かりやすい。これまでは横目に通り過ぎていくだけだったが、タイミングを見計らって屋敷の中に入っていくヤツもいる。
「まずは様子見といったところね…」
アマユキの言う通りだろうな。
「あの男…確か偽ゼーリック殺害現場で、ゼーリックのもとで働いていた者を連れてきた男だぞ」
屋敷に入っていったゴロツキの1人を、カレンが見咎めた。よく覚えていたね…ヤツはギルマの腰巾着だ。おそらくこの腰巾着がゴロツキどもの監督をするのだろう。
屋敷の中に入るゴロツキの数は、往来が少なくなるにつれて増えていく…もう10人を越えた。
「増えてきましたね…」
ユリーシャがぽつりと呟いた。
「こうなってくるとギルマとバーンズがいつ来てもおかしくはないぞ」
俺はみんなの気を引き締めた。だが、予想に反して、夜更けを過ぎてもあの2人は現れなかった。
「来ないわね…」
眠そうに目をこすりながらアマユキが言った。
「今日のところは様子見のようだな…」
俺は少し疲れた声で打ち切りを示唆した。
モカップさんが来てからは、リビングで観察している。いつでも出られるように準備を整えていたが、肩透かしを食らってしまった格好だ。
「ここまでのようですね」
カレンも疲れているだろうに…それでもそれを微塵も感じさせずにユリーシャに言った。
「そうですね…」
対するユリーシャは眠たそうだ。まあ、仕方がない。フェリシアさんはいつものようにウンウンと頷き、ティアリスはフェリシアさんの太ももを枕にしてぐっすりと眠っている…ちょっと羨ましい。
「明日か…遅くとも明後日には動くはずよ。観察は続けるとして、私達はもう休みましょう」
アマユキの一言で、モカップさんが立ち上がった。
「それでは…お先に失礼いたします。待機している者にも警戒は解かせておきます」
モカップさんはユリーシャに最敬礼した。待機している者…それは経歴を詐称し、レガルディアの魔法戦士でありながらサクリファスの魔法戦士として、この地にいる者のことだ。
「はい…今日も…ありがとうございました」
ユリーシャは欠伸を噛み殺しながら、モカップさんを労った。
「場合によっては明日は必要ないかもしれない。そのつもりでいてくれないか?」
俺はモカップさんに注文を付けた。
「分かったわ」
モカップさんにも俺の真意は伝わったようだ。さすがは女将、伊達ではないね。もう一度礼をし、モカップさんはコテージを後にした。
「なかなか起きないですね~」
いつもより遅いお開き、ティアリスはフェリシアさんの膝枕で夢の中だ。
「うみゅう…」
フェリシアさんに頬をぷにぷにされ、何やら寝言を言っているが、ティアリスは起きそうにない。
「寝る子は育つと言うからな…このまま起こさずに運べるか?」
「仕方がないですね~」
フェリシアさんが取り出したのは、何かの植物の種。どこかで見たことがあるが…何でしたっけ?
『これはクズの種です』
さすがは魔剣。痒いところに手が届きますね。
フェリシアさんの手のひらに置かれたクズの種から、糸のように細いつるが縦横に伸び、まるで1枚の布のようになった。その布がティアリスの体を持ち上げ、フェリシアさんが運んでいく。
「便利なもんだな」
運ばれているティアリスは、相も変わらずぐっすりだ。
「寝落ちしちゃったら、ショウ君も運んであげますよ~」
「その時は頼むよ」
ほんわかな中にも確かな自信を感じさせるね。
ティアリスをベッドに寝かせると、俺達もそれぞれの寝室でおやすみだ。今日もノコギリでギコギコと切り続けたから、ぐっすり寝れそうだ。明日か明後日か…どちらかは分からないが、ヤツらは必ず動く。そこが勝負所だ。やってやるぜ!強い決意と共に、俺の意識は闇の中に沈んでいった。
翌朝、今日はこれまでとは違う1日になるかもしれない。ヤツらが動けば、長い1日になるだろう。もっとも俺達はこういう経験をアインラスクでもしているからな…気負うことはない。
とは言え、何もせずにその時が来るのを待つという訳にもいかない。俺達は魔法樹の健康診断をするドルイドとその護衛である。ドルイドの護衛にはある程度の権限があるが、それは限定的なものだ…こういう件では当地の魔法戦士と協力して事に当たった方がいい。
昨日はモカップさんを頼ったが、サクリファスの魔法戦士で協力してほしいヤツがいる…ダスラー君である。謹慎中の身ではあるが、これはダスラー君にも関わりのあることだ。断るという選択肢はないだろう。
こうなってくると、モカップさんと一緒にお見舞いに行っておいて良かったぜ。俺達は少なくとも初対面という訳ではない。焼き菓子の詰め合わせをお土産に、話をしに行くことにしよう。もちろん、行くのはあの時の3人だ。
「今日も裏庭にいるようだ…うまい具合にグラウさんもいるな」
おそらくダスラー君を見舞いに来たのだろう…俺達にとっては好都合だ。こういう時には不可視の錫杖が役に立つね。
「ごめんくださ~い」
敷地の裏手へと回ると、いつものようにフェリシアさんがほんわかと声を掛けた。
「どちら様で?」
俺達のことを知らないグラウさんが、ややもすると不審げに尋ねてきた。
「グラウ…こちらはドルイドのフェリシアさんと、その護衛のショウさんとアマユキさんだ。どうされましたか?」
ダスラー君は俺達のことをグラウさんに説明しつつ、用件を尋ねてきた。
「ゼーリックの屋敷にゴロツキ共が集まっている。中にはギルマと関係の深いヤツもいる。ヤツらが何を企んでいるのかは分からないが、俺達はタイミングを見て急襲するつもりだ…お前はどうする?」
フェリシアさんに代わって俺が説明してやった。
この期に及んで、無実の罪を晴らすチャンスだとか…そんな余計なことは言わなくてもいい。魔法戦士に求められることは治安を守ること。かつてアインラスクで共に事に当たったゲオルクはそう言っていた。立場は違えど、サクリファスの魔法戦士であるダスラー君にもその想いはあるはず。ならば、それは絶対に伝わる。
「旦那…!」
ゼーリックの屋敷を調べていたグラウさんは色めき立った。
「あぁ…分かっている」
ダスラー君の目つきも変わった。
「私達も一緒に行きます」
ここまでだらしがないダスラー君しか見てこなかったが、さすがは魔法戦士だ…いい目をしているぜ。
「いつ襲撃するんで?」
いやいやグラウさん、俺達は魔法戦士なんだから襲撃はないだろう。
「まだ肝心のヤツらが来ていない。それまでは待ってほしい」
思わず苦笑してしまったが、その意気や良しだ。
「私達を入れて8人…ですよね?」
ちゃんと俺達のことを観察していたとは…なかなかやるね。俺はこくりと頷いた。
「他の3人はどのような人なのですか?」
「優秀な魔法戦士が2人と凄腕の魔法使いだ」
俺はあの3人のことを簡潔に説明した。
「頼もしいですね」
ダスラー君は自信に満ちた笑みを浮かべた。こう見えて腕が立つからな…頼りにしてるぜ。これでこっちの準備は整った。いつ動いてくれてもいいぜ!




