逆襲の時
翌日も昨日と同じだ。俺達は魔法樹の健康診断を隠れ蓑にして、ゼーリックの屋敷で何か動きがないか…探りを入れる。
だが、敵もさる者ってヤツで、なかなか尻尾を掴ませない。長期戦になっても構いはしないが、サクリファスから離れすぎるのは得策ではない。いたずらに時が過ぎる中、微かな焦りを感じ始めた頃だった。ついにその時がやってきた。
「動き始めましたね…」
ミリッサゴーレムからの情報は、ユリーシャにも伝わっている。
「そうだな」
それは魔剣を通じて俺にも分かる。ギルマの手下と思しき数人のゴロツキが、ゼーリックの屋敷を窺っているのだ。俺は作業の手を止め、他の4人にもこのことを伝えた。
「思ったよりも早かったわね」
「確かにな…」
アマユキの感想はもっともだ。今日は俺達が再び魔法樹の健康診断をするようになってから、まだ5日しか経っていない。
「それでも動いたからにはこっちも動くでし!」
でしでし先輩に言われるまでもない。ここでけりをつけてやる!
「ならば今日のところはこれで終わりだな。時宜としてはちょうどいい」
カレンが今日の作業の終了を宣言した。
これから次の魔法樹に向かおうとしていた時だったから、ちょうどいい。或いはあの女が戻りやすいタイミングを選んだのかもしれない…いや、それはさすがに考えすぎだろう。
魔法樹の健康診断を切り上げて、コテージに戻ったのは昼下がりのことだ。その間にも数人のゴロツキが、何食わぬ顔をしてゼーリックの屋敷を横目に通り過ぎていく。その様子を俺達はこのコテージであまり使われていないスペアルームで観察する。
「バーンズもギルマも、ここには来ていませんね…」
こんな時間からあの2人がやって来るとは思えない。それでもユリーシャは確認しない訳にはいかないのだろう。
「来るとしたら夜になってから…人々の往来がなくなってからでしょうね」
腕組みをしながらゼーリックの屋敷を注視するカレンが、ユリーシャに助言した。ユリーシャはこくりと頷いた。
「あまり気負いすぎるなよ」
「分かってます」
俺のアドバイスに、ユリーシャは少し強い口調で返してきた。やっぱり気負っているじゃねえかよ…。
「俺達がここに来なければ、ゼーリックとして処理された名もなき男もライフィスも、死なずに済んだのかもしれないな…」
話始めた俺の横顔を、ユリーシャはじっと見つめている。
「だが、俺達がここに来なければ、10年前の事件は闇に葬られたままだったはずだ」
ルゼットは今もバルトリの坂に出ると噂される幽霊のままだっただろう。
「だからこそ、俺達はこの事件にちゃんとけりをつけないといけない。それが…それだけがあの2人に報いる唯一の方法だ」
同じ思いを抱いているのだとしたら、それが俺の答えだ。ユリーシャはもう一度こくりと頷いた。
もちろん、そんなに簡単にいくとは思っていない。アインラスクの時には、サリエラ達の戦力は分かっていた。だが、今回は…得体の知れないヤツがいる。それがどうにも不安を掻き立てる。
「大丈夫ですよ」
俺の不安を知ってか知らないでか、或いは自分に言い聞かせたのか…それは分からないが、今度はユリーシャが俺を励ましてくれた。
それに対して、俺は思わずこくりと頷いてしまい、苦笑してしまった。ちなみに今このスペアルームには俺達3人しかいない。なぜかは分からないが、それは本当によかったと思う。
その頃、残りの3人はキッチンで料理をしていた。こういう時にはおにぎりプレートにするのがレガルディアの流儀だ。いつもなら具材は市場に買い出しに行くのだが、今回は急だったので、『ティート』から分けてもらった。
それをあの3人が調理しているのだが…フェリシアさんはともかく、アマユキとティアリスには要注意だ。何かあったらすぐに飛び出せるように、不可視の錫杖で見張っておく必要があるだろう。
「おにぎりの具にこれを入れた方がよくない?」
アマユキが取り出したのは、何かの動物の肉の薫製のようだ。美味しそうではあるが、どこか怪しげだな…。
「それは何の肉ですか~?」
当然、フェリシアさんもそれを確認します。
「えーっと…謎動物の謎肉で作った薫製なんだけど…」
やめれ。
「今回は止めときましょう…」
次回もねえよ。フェリシアさんは料理ガチ勢だから、微妙に苛立っているね。
「そんなものを入れたらせっかくのおにぎりが台無しでし。入れるならコレでしよ!」
ティアリスが取り出したのはクッキー。マジでやめれ。
「それもいらないですね~」
当たり前である。
「でも、これはおからクッキーなのでしよ!」
「いらないです」
ティアリスは尚も食い下がるが、フェリシアさんにピシャリと言われてしまった。
料理ガチ勢のフェリシアさんは、額に青筋を浮かべている…その気持ちはよく分かります。
それでもアマユキは中々に興味深い謎の保存食を、ティアリスはそのまま食べれば間違いなく美味しいであろうクッキーを、何とか料理に入れようとしていたが、フェリシアさんがそれをことごとく防いでくれた。グッジョブだぜ、フェリシアさん。おかげで美味しいおにぎりプレートをいただくことができました。




