ハルディーン街道
雲一つない晴天を見上げ、俺は大きく伸びをした。今日は暑くなりそうだ…だから、全員がフードを被っている。日焼け対策というのもあるが、この方が涼しいのだ。PMDって本当に便利だよな。
「ハルディーン街道…」
城門から出てすぐの所にある石碑に、この街道の名が記されてある。その前で立ち止まると、俺は何となくその名を呟いてみた。
「ここはマハダビリアが造った街道の中でも、傑作の一つとして知られている街道なのですよ」
俺の隣にきたユリーシャが親切に教えてくれた。でも、それにはちょっと納得できないことがある。
「マハダビリアが造った街道なのに、何でハルディーン街道なんだ?」
「いいところに気が付きましたねぇ…」
これはユリーシャのスイッチを入れてしまったようだ。
「このリュスギナ島はどのような島ですか?」
そうきましたか…。
「海の女神リュスギナを信仰する人が多い島だな」
そもそもこの島はリュスギナの名を冠した島である。それにあのリュスギナ大聖堂…あれ程のものを造り上げた人々の信仰心には、頭が下がる思いだ。ユリーシャもこくりと頷いた。
「それから風光明媚な島だな」
バルトリの坂を上りきった先にある公園から見える眺め…あれは抜群だった。ユリーシャはこくこくと頷いた。
「あとは…軍事上の要衝だな」
「そうですね」
どうやらやっと正解にたどり着いたようだ。
「アルカザーマ地方は、水浸しの森と大湿原を挟んでラミリテア首長国連合と対峙しています。となると、このリュスギナ島はその最前線ということになりますね。だから、レガルディアもサクリファスをただの砦から城塞都市へと進化させたのです」
それがなければ、サクリファスがイレブン・スターズの一角をなすこともなかっただろう。
「サクリファスはリュスギナ島最大の都市ですが、この島にはサクリファス以外にも小さな村々が点在しています。それらの村々を結び、サクリファスから最も離れたアルジャンナの村まで繋ぐ…そのような街道の必要性を島の人々は訴えていました。しかし、この点に関しては、レガルディアはあまり協力的ではありませんでした」
そりゃそうでしょうね。
レガルディアがサクリファスを城塞都市として整備したのは、ここが重要な拠点になるからだ。その他の村々についてはあまり関心がなかった…というのが正直なところだろう。
「そこで島の人々が頼ったのが、街道造りの第一人者として名高いマハダビリアでした」
見ず知らずの人が頼ってくるほどに人望の厚い人だったんだな。
「それにしても、よく引き受けたな…」
「この時のマハダビリアさんは、情に脆い人だったそうですよ」
これは少し引っ掛かる物言いだ。
「この時の?」
「その名は代々、受け継がれているのです。初代のマハダビリアは、ライラリッジからアインラスクへ通じる街道を造った人ですね」
その名は街道造りの歴史と共にある名なのだ。
「なるほど…」
おそらく一番弟子がその名を受け継いでいるのだろう。それはともかく、この時のマハダビリアさんは、見ようによっては損するタイプの人だったのかもしれないね。
「街道造りを快諾したものの、マハダビリアはいきなり困難に直面してしまいます。それが資金難です」
サクリファスからアルジャンナまで。地図を見れば分かるが、それは山の中に街道を通すということだ。これは一筋縄では行きそうにない。
「そこでマハダビリアは一つの策を講じました。これまで街道には建設を主導した人の名が付けられていましたが、この街道には最も多く出資してくれた人の名を付けることにしたのです」
スポンサーを大事にするというのは、当時としては先進的な考えだったのだろう。マハダビリアだからこそ、できたことかもしれないが…。
「この考えに賛同し、惜しむことなく資金を提供してくれたのがハルディーンでした。サクリファス出身のハルディーンには、街道の必要性が分かっていたのでしょうね」
頼りになるのは遠くの国ではなく、地元の人ってことだ。
「それで街道を造ることができた訳か…それにしても、よくそんなに出せたな」
こう言ってはなんだが…サクリファスはそんなに栄えている街ではない。
「ハルディーンはラミリテアをはじめとした、南方の国々との貿易で成功を収めた人です。大レガルディアの時代、このサクリファスは南方貿易の中継点として栄えたのですよ」
「なるほどね…今とはだいぶ違っていたんだな」
どうやら浅はかだったようだ。
「当時はレガルディアの海軍のおかげで、南方への海路は比較的安全でしたから。しかし、大災厄以降は魔獣の出没がかなり激しくなり、この海域への軍の派遣はなくなりました」
「そうか…」
それからのサクリファスは、辺鄙な島の城塞都市になっていったのだろう…栄枯盛衰だな。
「お勉強もいいですが、お仕事を忘れないでくださいね~」
俺達のやり取りを見守っていたフェリシアさんが、やんわりと指摘してきた。
「分かってるさ」
何のためにここにいるのか…それを忘れた訳じゃない。もちろん、その先のこともね。俺達はアルジャンナまで続くハルディーン街道へ踏み出していった。




