ルゼットの決意
ひとまず『ティート』に戻り一息ついたが、まだお昼にもなっていない。とりあえず少し早めの昼ご飯を食べることにして…その後はどうしたものか?さすがに今日はこれで終わり!という訳にはいかないだろう。
「どうしたものかしらね?」
どうやらアマユキはノープランのようだ。
「そうですねぇ…」
フェリシアさんも、何も考えていないようだね。
「とりあえずバルトリの坂にでも行ってみるか?原点に戻るってことなら、それもありだろう…」
俺の案にアマユキもフェリシアさんも頷いた。他には何のプランもないから、これは仕方がないだろう。
あれからもう2週間…いや、もう少し経つんだな。ゼーリックとして処理された名もなき中年の男、それから彫り師のライフィス。俺達がサクリファスに来てからすでに2人の命が失われた。
もしも俺達がサクリファスに来なければ、こんなことにはならなかったのではないか?そう考えると、俺達がやっていることは多くの人を不幸にするのではないか?どれほど割り切ったところでこれは…あまりいい気分はしない。
『ティート』からバルトリの坂までは歩いて数分。どうやら坂にはユリーシャ達がいるようだ。魔剣の使い手である俺は、もう一つの魔剣とでも言うべき杖の持ち主であるユリーシャと、お互いの情報をやり取りすることができる。こういう時には便利だ。
「ちょっと待って…」
先頭を歩いていたアマユキが立ち止まり、スッと物陰に身を隠した。その理由はすぐに分かった。ダスラー君である。
こんな所にいるダスラー君の目的は、ルゼットに会うことで間違いないだろう。会えるかどうかなんて分からないが、それでもここに来てしまうのは、惚れた男の弱みでしょうね。ルゼットはいつもの場所にいるから、ダスラー君の目論見通りだ。
「ちょうどいいな…」
ルゼットが何を考えているのか…それは直接聞こうと思っていた。ダスラー君が上手くやってくれたら、その必要はないかもしれない。
「これでルゼットさんが何を考えているのか…分かるかもしれないですね~」
フェリシアさんの言う通りだ。アマユキもこくこくと頷いた。
あれでもダスラー君はサクリファスの魔法戦士だからな…十分な距離を取り、尾行開始だ。バルトリの坂をしばらく上ると、ルゼットはいつものリュスギナ像に祈りを捧げていた。もちろん、ダスラー君が来たことには気付いていない。
「今日も…ここに来てたんだな」
祈りを邪魔立てするのは悪いと思っているのだろう…ダスラー君は控えめに話しかけた。見上げるルゼットの視線には、かつてのようなトゲはない。
「ごめん…ごめんよ。ライフィスを助けるつもりが、あんなことになっちまって」
直前まであの場にいたダスラー君にとっては、悔いが残る事件になってしまったな…。
「でも、これだけは信じてくれ。ライフィスを殺したのは俺じゃない」
それは間違いない。
「分かってます。ダスラーさんはそんなことをするような人じゃない…」
ルゼットもダスラー君の人となりを分かっているようだ。
「ルゼットちゃん♪」
分かっていたけど、ダスラー君は単純なヤツです。
「私、ライフィスさんにもダスラーさんにも申し訳なくて…ライフィスさんはきっと悪者の手に掛かって殺されたんだわ。私…私、この仇をきっと!」
やめとけ。そいつはルゼットの手に負えるようなヤツじゃない。
「ルゼットちゃん、それは…」
それが分からないほどダスラー君も落ちぶれてはいない。
「大丈夫です…私にはリュスギナ様がついていてくださいますから」
ルゼットは軽く会釈をして、小走りにこの場を後にした。
「ルゼットちゃん…」
ダスラー君にはルゼットを見送ることしかできなかった。しばらく佇んでいたダスラー君が、懐からそっと取り出したのは綺麗に包装された小さな箱。プレゼントを懐に忍ばせていたようだ。結局、渡せなかったけど。今の状況では仕方がないだろう。渡せなくて逆によかったと思うぞ。




