違和感と裁判
この日のグラウさんはそれ以上何かを調べるつもりはないようで、『ティート』に戻ってマルケサ共々まったりと寛いでいる。ならば俺達も一旦コテージに戻るか…何をするでもなくのんびりと過ごし、みんながコテージに戻ったところで、俺は今日の一件を見てもらった。
「これだけギルマが嫌がるってことは、ここに何かあるのは間違いないわね」
アマユキの言う通りである。露骨すぎて罠を疑ってしまうが、それは勘繰りすぎだろう。
「グラウさん、お手柄ですね~」
まったくだ。原点に戻るって大切ですね。
「たぶんギルマの野郎を使って、調べたことにしていたに違いないでし。そこをグラウちゃんに改めて調べられそうになり、焦っちゃったお馬鹿さんでしね!」
独特なティアリス語だが、言いたいことはよく分かる。バーンズがこの場にいたのも偶然ではないだろう。あの屋敷がヤツらにとって重要だからこそだ。
「ということは…屋敷内のどこかにゼーリックが潜んでいるのでしょうか?」
「どうかな…屋敷の中に人の気配はなかったけどな」
ユリーシャの読みは、おそらく外れだ。ここに誰かが住んでいるとは思えない。それとは別に、何かが気になっていた。
「どうかされましたか?」
相変わらず俺のことをよく観察しているユリーシャが、俺の僅かな表情の変化に気付き、尋ねてくる。
「いや…何でもないよ。気のせいだろう」
あの時には特に何も感じなかったんだけどな。でも、今は…何か違和感を感じていた。ただ、それが何なのかが分からない。
「もしも違和感を感じたのなら…その違和感を忘れることなく大切にしろ。それは事件の核心をついているかもしれないからな」
「そう…だな」
真摯なカレンにそう言われると、それを気のせいで済ますのは悪手だろう。今は違和感の正体が分からない。でも、このことは覚えておくことにした。
「それはそうと、明日は裁判があるからよろしくお願いしますね~」
「おう、任せろ」
俺は努めて明るくフェリシアさんに答えてやった。
サクリファスの魔法戦士の中に、ゼーリックの死に疑いを抱いている者が何人いるのかは分からない。ダスラー君は数少ない一人だろう。アイツの今後はこの事件の行方に大きな影響を与える可能性がある。裁判で俺にできることはあまりないだろうが、やれることはやってやるさ。
そして、迎えた翌日、俺達は裁判所に出向いた。
元の世界にいた時にも、裁判所というものにお世話になったことはなかった。どんな所だと思いきや、その外観はいたって普通である。サクリファスの他の建物と同じように、蜂蜜色の石灰岩を積み上げて造られた蜂蜜色の建物だ。これには少しホッとしてしまう。
証人として出廷するのは俺とアマユキ、フェリシアさんの3人。あの時、現場に居合わせた3人だ。
被告はもちろんダスラー君。その姿を見るのはあの時以来だ。少し元気がないようにも見えるが、その目には力がある。困難を糧にできる強い目だ。諦めんなよ…そしたら必ずチャンスをものにできるんだからさ。
弁護士や検察官にあたる人はいないようだ。異世界人の俺には奇妙なことに思えるが、それがこの世界の常識なんだろう。
ダスラー君の上旬にあたるバーンズもいる。こいつは参考人といったところだろうな。
そして、最も肝心な裁判官の席には3人の裁判官が座っている。一番左に座っているのは、絵に描いたような正義感に溢れる青年だ。厳しい表情だな…色眼鏡を掛けて見てほしくはないが、この男にはあまり期待できないかもしれない。
真ん中に座っているのは女性の裁判官。こちらは100%のインテリおねーさんだ。自分の胸元とフェリシアさんの胸元をチラリと見て…それ以降、フェリシアさんに向ける視線には厳しいものがある。フェリシアさんはリアルナさんに勝るとも劣らない体つきだからね…このおねーさんにもあまり期待できないかもしれない。
そして、一番右に座っているのが見事な髭をたくわえた老人である。こちらは話せば分かりそうな好々爺だ。このじいさんは大丈夫そうだな。
おそらく裁判はこの3人による合議制だろう…だとすると、俺達はいきなりピンチを迎えたことになる。まずいな…だが、裁判官の人選になんぞ関われる訳がない。不利だろうがなんだろうが、やるっきゃねえ!
俺が密かに決意を固める中、真ん中に座るおねーさんが開廷を告げ、裁判が始まった。




