迷い
「…という訳だ」
その日の夜、ライフィス組が戻ったところで俺は一連の出来事をみんなに見てもらった。何やら既視感があるが、気にしないでおこう。
「ギルマとバーンズはゼーリックと繋がっていると考えるのが妥当だ。そのゼーリックについてだが…お前らはどう思う?」
ここでは敢えて俺の意見は言わない。さて、どうなりますかな?
「用心深いヤツだな…なかなか厄介だ」
カレンは用心深い派か…。
「どうも嫌な感じがしているのよね…それが何なのか分からないんだけど」
アマユキの人間レーダーは、何かを捉えているようだ。
「ティアリスにはよく分からないでし!」
これは本心ではないな…予断を持って判断することを嫌ったのだろう。
「実はゼーリックの正体はあの人だった…ということはないでしょうか?」
ユリーシャの意見は、かなり突拍子もないものだ。
「そう…だな。今のところは何とも言えないが、その可能性もあるかもしれないな」
あの女について、俺達が知っていることはそれほど多くない。今のところ、あの女がこの事件に関わっているようには見えないが、関わっていたとしても何の不思議もない。その可能性は排除できないだろう。
そして、フェリシアさんは今日もウンウンと頷いている。便利だね…それ。
結局何も分からなかったような気もするが、それは織り込み済みだ。みんなの考えが聞けたのは、決して悪いことではないだろう。事態は少しずつ動いているようにも見えるしな…また明日だ。何もなければこれでお開きになるところだが、そうは問屋が卸さなかった。
「私達の方からも、ライフィスのことで聞いておいてほしいことがあります」
ライフィス組を代表して、ユリーシャが口を開いた。
「何だ?」
今日は色んなことがあるね。
「ライフィスは今日も居酒屋でお酒を嗜んでいたのですが、今日はいつもよりグラスを重ねていました。その影響だと思うのですが、いつもと違って独り言を呟いていました…アレはゼーリックじゃないと」
「そうか…」
お酒が転機になることは期待していたが、そうなるとこちらも少し動く必要がある。
「明日から元のメンバーに戻して観察を続けるぞ。気を引き締めていけよ」
これにはみんながウンウンと頷いた。流行ってるの、それ?
今度こそ散会だ。俺は自分の部屋に戻ってゆっくり休むつもりだったが、程なくしてユリーシャが訪ねてきた。何やら俯き加減ですね。
「…どうした?」
もしかして…夜這い?
「聞きたいことがあります…どうしてメンバーを元に戻す必要があるのですか?」
どうやら分かってはいなかったけど、あの場では聞けなかったようだ。
「あの居酒屋にゼーリックの息のかかったヤツがいても不思議じゃないからな…だとすると、ライフィスの独り言はいずれゼーリックの知るところとなる」
ユリーシャの顔色がサッと変わった。察しがいいね。
「つまり…近いうちに状況が動く可能性が高いということですね?」
「そうだ。そこにユリーシャを行かせる訳にはいかない」
名を変えていても、彼女はユリーシャ・リム・レガルディアなのだ。
「ショウは…すごいですね」
仄かに顔を赤らめながら、ユリーシャが俺を誉めてくれた。
「まるで、もう何年も魔法戦士として活躍しているような…そんな感じがします。頼もしいですね」
「そんなことねえよ。それに…こんなこと、すんなり分かる必要もないさ」
俺は元の世界でジャンルを問わずドラマを見まくっていた。それが今になって活きているだけだ。
「私も…ショウのようになれるでしょうか?」
「ユリーシャはユリーシャのようになればいいんだよ」
俺のようになるなんて、おすすめできないな。
「そう…ですね」
何やら思い悩んでいるようだが、本心からそう思うぜ。
「今日は、ありがとうございました。おやすみなさい…」
「あぁ…おやすみ」
後ろ髪を引かれるような物言いは、リアルナさんの教えだろう…あの変態女の好きそうな手口だもんな。
一方で、別に礼を言われるようなことはしていない…そう思ってしまう。だから、改めて礼を言われると気恥ずかしいものがある。こういうところはユリーシャらしいね。
「何年も、か…」
俺はベッドに横になり、誰に言うでもなく呟いた。
モカップさんは俺をキレ者と評した。それはモカップさんの評価であると同時に、レガルディア上層部の評価と考えていいだろう。頼もしいと思われるのは嬉しい。最初はまったく向いていないと思っていた魔法戦士という職業も、今はそう思っている訳ではない。もしかしたら…天職かもしれない。だとすれば…俺はどうするべきなのか?
俺には目的がある…元の世界に帰るという目的が。
これまで神隠しに遭った人は、誰も元の世界に帰ってこれなかった。俺はその扉を開け、最初の一人になるつもりだった。今は…少し迷っている。




