殺されたのは別人
コテージには誰もいなかった。どうやらユリーシャ達はまだ戻っていないようだ。今日のところは幽霊女がどこに住んでいるのか?それだけ確認できればいいのだが、戻っていないところを見ると、意外と離れた所に住んでいるのかもしれない。
「はい、どうぞ」
いつもならカレンかフェリシアさんが紅茶を淹れてくれるものだ。でも、今は2人ともいない。という訳で、アマユキが淹れてくれた。
「ありがとな」
アマユキの淹れてくれた紅茶は…上手く言えないが、カレンやフェリシアさんが淹れてくれた紅茶と比べると、味が落ちているように感じる。同じ茶葉を使っているのにね…不思議なもんだ。そこからとりとめのない話をしながら待つこと数分、ユリーシャ達が戻ってきた。
「随分と早くに戻っていたようだな」
カレンが寛ぐ俺達を見ながら言った。
「あそこからそんなに離れていなかったからな。あの男の名はライフィス。入れ墨を彫る彫り師を生業にしているようだ。そっちはどうだった?」
俺が一番知りたいことには、ユリーシャが答えてくれた。
「あの女性は郊外の十五番街に住んでいました。帰りに市役所に寄って調べたところ、住んでいるのはルゼットという方だそうです」
「そうか…」
住所だけでなく、名前まで分かったのは大きい。
「それにしてもよく調べられたな…」
アインラスクでは、ゲオルクが自らの立場を上手く利用して調べものをしてくれた。だが、今の俺達にゲオルクのような便利な人間はいない。
「フェリシアはドルイドだから、ある程度の便宜を図ってもらえるのでしよ」
なぜかティアリスが胸を張って種明かしをしてくれた。それはフェリシアさんにやってほしかったな…張っても胸があるし。当のフェリシアさんはウンウンと頷いている。
それはともかく、ここから先のことは気軽に話せることではない。俺達はこのコテージであまり使われることのないスペアルームで話をすることにした。
本来は様々な物を収納していることが多いスペアルームだが、ここはコテージの一室ということもあり何も置かれていない。換気のための窓は、雨戸も含めて固く閉ざされている。ドアを閉めて明かりの魔法具で部屋を照らし、ユリーシャが盗聴防止の魔法をかけたらいよいよ本題だ。
「まずはこれを見てほしい。詰所での検分の一部始終だ」
俺は不可視の錫杖で見聞きしたことを、ユリーシャの杖を使ってみんなに見てもらった。
「心臓を一突きにされているな…相当の腕のなせる業だ」
カレンの見立ては俺と同じようだ。
「だろうな…それからゼーリックは相当恨みを買っていたようだが、この殺人は怨恨によるものじゃない」
「どうしてですか?」
どうやらユリーシャは分かっていないようだ。
「強い恨みによる殺人なら、全身を滅多刺しにしているはずだ。滅多切りにするにしても、顔だけを切りつけるなんて不自然だ」
元の世界でそのような復讐劇をネットで見たことがある。世界が変わってもそれは変わらないはずだ。
「顔を滅多切りにしたのは、亡くなった方がゼーリックさんじゃないとバレるのを防ぐためでしょうね~」
穏やかな笑顔で滅多切りとか言うフェリシアさん、怖いですよ。でも、その見立てには一理ある。
「この男が別人なのは入れ墨からも明らかよ。それは彫り師のライフィスも気付いていたわ」
二重に確認が取れた訳だ。これで誰もが確信しただろう…殺されたのは別人だ。
「そんなことも分からないなんて、この男は馬鹿でしね!」
もちろん、ティアリスも本気でそう思っている訳ではない。
「敢えてミスリードしたんだろう…気に食わないが、胆の据わったヤツなのは間違いないみたいだしな」
ティアリスは俺に汚名返上のチャンスを与えてくれたのだ。ナイスパスです、先輩!
「立場的にコイツが誰かの従者であることは間違いない。問題は誰の従者なのかってことだな…」
ダスラー君とグラウさんのように分かりやすい関係ではなかったが、コイツにもいるはずなんだ…上役の魔法戦士がな。その魔法戦士こそが黒幕という可能性も十分にある。
「この件にも…あの人が関わっているのでしょうか?」
ユリーシャの言うあの人とは、もちろん赤い髪の女である。
「さあな、そいつはまだ分からないな…」
今のところ、あの女が関わっているという証拠はない。
「どうしてこんなことを…」
ユリーシャが悲しげに呟いた。心優しい娘だから、余計に堪えるのだろう。
「あまり思い詰めんなよ」
俺のアドバイスに対して、ユリーシャは何も言わずに頷いた。
俺とユリーシャを餌にして赤い髪の女を釣る…この作戦において、ユリーシャは必要不可欠な存在だ。だが、その過程であの女が仕掛けたと思しき事件に巻き込まれることにもなる。それはもちろんユリーシャにも分かっていただろう。
問題は頭で理解しているのと実際に体験するのは違うってことだ。性格的にこういう作戦には不向きなのかもしれない。割り切れよ…俺みたいに。そうじゃなければ、やっていけないぞ。




