確信
少し減ってきたとは言え、この場にはまだかなりの野次馬が残っている。2人の行方は不可視の錫杖でも追っているので見失うことはないが、アマユキはどうやって追うつもりなんだろう?
と思っていたら、アマユキはあの2人とは反対方向へ歩き始めた。まずは人混みから出ることを優先するようだ。さすがは追跡のプロですな。これが俺だと一直線に追っていたところだ。
2人の歩いている通りと平行して走る通りを、俺達は早足で進んでいく。前を歩いているアマユキからは、ほとんど気配を感じない。本気を出せば完全に気配を消し、見える透明人間のようになれるアマユキだからな…今日は序の口といったところだろう。
程なくして、俺達は2人に追いついた。もちろん、2人は俺達が追ってきたことに気付いていない。こう言ってはなんだが、一般人なんぞが俺達の尾行に気付く訳はないのだ。
状況としては幽霊女が長身の男の後をつけ、その2人を俺達が追跡し、さらに十分な距離を取ってユリーシャ達がついてくる…というものである。ややこしいな、これ。
そうは言っても、幽霊女には知りたいことがある。それを聞かない訳にはいかないだろう…意を決して、彼女は長身の男に声を掛けた。
「あの…」
しかし、男は自分が声を掛けられたとは思わなかったようだ。後ろを振り向きもせず、そのまま歩き去ろうとする。
「あの!」
強い口調で呼び止められ、長身の男は足を止めて振り向いた。
「何か?」
不信感のこもった硬い表情で、男は幽霊女を見下ろした。
「さっき…違うっておっしゃいましたよね?」
男の雰囲気に気圧され、少し目が潤んでいるが、それでも幽霊女は聞きたいことをちゃんと聞いた。だが、男は何も答えない。面倒なことに巻き込まれるのを嫌っているのかもしれないな。
「何が違うって言うんです?」
「何のことだか…」
幽霊女は諦めないが、長身の男ははぐらかそうとする。この攻防の行方や如何に?
「さっきゼーリックを見て違うって…」
「それが…あんたにとって何か関係でもあるっていうんですか?」
男はぶっきらぼうに言い捨て、この場を立ち去ろうとした。だが、そうは問屋が卸さない。
ゴホッ!ゴホッ…
男は体をくの字に曲げるほどに咳き込んでしまい、再び口元をハンカチで覆った。どうもあまり具合が良くないようだ。
それを見た幽霊女がとっさに駆け寄ろうとしたものの、男は目だけでそれを制した。そして、このまま絡まれるのは御免だと思ったのだろう…驚くべきことを口にした。
「まぁ…俺にとってはどうでもいいことだが、少なくともあの彫り物は、彫ったばっかしだと思ったもんでね」
それだけ言い残すと、男はこの場を立ち去った。
「彫ったばかり…」
残された幽霊女は男の見立てに唖然としている。だが、驚いてはいられない。あの男は何者なのか?もう少し調べた方がいいだろう。もちろん、幽霊女も逃す訳にはいかない。
ならば、ここからは二手に別れるべきだ。アマユキはちらりとカレンを見やり、カレンはこくりと頷いた。どうやら俺とアマユキが男を追跡し、ユリーシャ達が幽霊女の後を追うことになりそうだ。
男を追いかけるために、俺達はなに食わぬ顔をして幽霊女のそばを通り抜けた。昨夜の一件では、俺達はフードを被っていた。たぶん、誰も顔を見られていないし、ショックを受けた女はまだ立ち直れていない。幽霊女が俺達に気付いた様子は、まったくなかった。
そこから長身の男の住まいまでは、そんなに離れていなかった。その家の軒先には『彫物ライフィス』の暖簾がかけられている。どうやら男は入れ墨を彫る職人のようだ。
「彫り師だったのね…どうりで目が利くはずだわ。私の目にも急ごしらえの浅彫りに見えたもん」
どうやったのかは分からんが、アマユキも2人の会話を盗み聞きしていたようだ。そんなことより、アレが浅彫りだと見抜ける方が驚きなんだが。
「分かるのか?」
もしかして、堅気じゃない人とお知り合いだったりするのですか?
「フォンラディアでは入れ墨を入れる伝統があるからね。私は入れてないけど」
「なるほど…」
ですよね。納得しました。まあ、それは置いといてだ。詰所で見たゼーリックの傷跡、その道のプロの証言…これはもう間違いないだろう。
「そっちはそっちで何か掴んだみたいね」
アマユキが頼もしげに俺を見てくれた。
「まあな」
これで昨夜の枝をパキッた件は帳消しにできるかもしれないぞ…俺は内心でほくそ笑んでしまったが、月に叢雲花に風だった。
「それぐらいはやってくれないとねぇ…魔法戦士失格って感じ?」
厳しいなぁ、おい!
「こ、こんな所でできる話じゃないからな…いったんコテージに戻ろうぜ」
「そ、そんなに動揺しなくてもいいのに…」
アマユキの野郎、笑いを堪えていやがる。思っていることがすぐに顔に出てしまうから、仕方がないんだけどさ。




