ゼーリック
不可視の錫杖で追跡するまでもなく、ゼーリックが殺されていた現場はすぐに分かった。バルトリの坂は見通しこそ悪いが基本一本道だからな…むしろ迷う方が難しい。
奇しくもそこはあのリュスギナの石像のすぐ近くだった。やはりあの幽霊女が?とは思うものの、さすがにそれは罰当たりだろう。今やるべきことは、ちゃんと見ることだ。既に野次馬が集まっているので、俺達もそこに紛れて様子を窺うことにしよう。
ダスラー君とグラウさんは、遺留品が見つかるかもしれないと考えているようだ…周囲の状況を事細かく調べている。それは大事なことだ。事件への向き合い方としては完璧だと思うぜ。かなり入念に調べていたが、2人の様子を見るに何も見つからなかったようだ。
「おう、これは旦那方…こいつは顔を滅多切りにされて定かじゃありませんがね、グレイゴーストのゼーリックでさ」
遺留品の捜索に区切りをつけ、遺体のそばへやってきた2人に、ガラの悪そうな男が状況の説明を始めた。
手にした鞘入りの小剣に描かれているのはサクリファスの紋章。この男もグラウさんと同じように、そこら辺にいる魔法戦士の従者なのだろう。
「グレイゴーストのゼーリックか…」
ダスラー君は苦虫を噛み潰したような顔をしている。どうやらゼーリックって野郎は相当の悪党のようだ。
「この背中の彫り物が何よりの証拠。こいつは三番街で金貸しをしていたアコギな男でさ。金貸し稼業で稼ぎまくっていたグレイゴーストのゼーリックが、このザマとはな」
ガラ悪男は侮蔑するように小剣でゼーリックを小突いた。
眉をひそめる行為だが、ここでそれを咎めるのは得策ではない。見て見ぬ振りでやり過ごすことにするしかないだろう。そこへ一人の魔法戦士が遅れてやって来た。
「あっ…バーンズ様」
ダスラー君には横柄な態度をとっていたガラ悪男も、この魔法戦士には礼儀正しい。
「これは…南西部副団長の」
もちろん、ダスラー君も恐縮している。どうやらバーンズはそれなりの立場にいる魔法戦士のようだ。
「これが悪名高いグレイゴーストのゼーリックか…」
バーンズはうつ伏せで倒れているゼーリックを、汚いものでも見るかのように一瞥した。
「親分、ゼーリックのお店の人が」
どうやらあのガラ悪親分の子分が、ゼーリックのもとで働いていた男をこの場に連れてきたようだ。
「どうでい?こいつはゼーリックに間違いないかい?」
ガラ悪親分が、遺体が誰なのかを問い質した。
「はい…この背中の彫り物、旦那様に間違いございません。どうしてこんなことに…」
お店の人もショックを隠しきれないようだ。
「ダスラー、いくら極悪非道な金貸しでも亡き人であることに変わりはない…後の采配をしっかり頼むぞ」
バーンズはこの場をダスラー君に任せるようだ。
この場にいる正規の魔法戦士の中から、わざわざダスラー君を指名したのは期待の表れ…ではない。この後は遺体を詰所に運ぶはずで、それぐらいならアレにもできるだろうという判断っぽいね。
「はいっ!」
それでもダスラー君はそれを意気に感じているのか、『ティート』での腑抜けっぷりが嘘のようにしゃきっとしている。
信頼は小さなことの積み重ねから生まれるものだ。他からどう思われているのかなんて、気にすることはない。頑張れよ、俺も応援してるからさ。
思っていた通り、ダスラー君は遺体を詰所に運んでいった。俺達も野次馬と一緒にぞろぞろとついていく。
少し…人が多くなってきたな。それに伴い、不穏な空気も増していく。それを察しているのだろう…見習い魔法戦士は明らかにビビっている。一方でダスラー君やあのガラ悪親分は何とも思っていないようだ。肝が据わっているね…鈍感なだけかもしれないが。
俺達は部外者なので詰所には入れないが、こんな時のために不可視の錫杖がある。ゼーリックの死因はしっかりと確認させてもらおう。見るに堪えない程に滅多切りにされた顔に目を引かれるが、それは致命傷ではない。ゼーリックの命を奪ったものはアレだな。
「心臓を一突きにされていやがる…不意を打たれてやられちまったんでしょう。見た感じ、格闘術のようなものの心得もなさそうですし」
確かにゼーリックは少し小太りで素人にしか見えない。だが、本当に不意討ちでやられたのか?
「まあ…そうだな」
ダスラー君も言いたいことがあれば言えばいいのに…その傷口、俺には相当の腕のなせる業のように見えるぜ。
「それでは、報告書にはそのように書かせていただきやす」
ガラ悪親分はにんまりとした笑みを浮かべながら、死因の特定を終えた。
「じゃあ、遺体は店の方に運んでおけばいいな?」
自分でも上手くやり込められた自覚があるのだろう…ダスラー君は少しぶっきらぼうに確認をとった。
「へい、お願いしやす」
もちろん、ガラ悪親分はまったく意に介していない。残念ながら向こうの方が一枚上手なんだ。
グラウさんがいれば話は違ったかもしれないが、なぜか詰所には入らなかった。敢えて一人だけでこのガラ悪親分に対峙させることで、ダスラー君に一皮むけてほしいと思っているのかもしれない。それは上手くいっているとは言えないが、その思いは汲んであげたいね。




