幽霊坂の殺人事件
翌朝はこれまでと同じように『ティート』で朝定食をいただき、それからモカップさんから話を聞くことになった。幽霊女は幽霊ではなかったが、せっかく調べてくれたんだからな…ちゃんと聞かなきゃバチが当たるぜ。
「幽霊坂の幽霊は、一昔前に坂下の辺りにあった小間物問屋の女将さんじゃないかって…もっぱらの噂になってるわよ」
そいつは外れなんだが、それを言う必要はない…今はね。
「小間物問屋か…」
「そう。カサラギ商会っていう商会でね、手広くやっていたみたいなのよ。でも、そこの主人が10年前に殺されてしまって…その犯人として逮捕されたのが女将さんだったのよ」
話が話だけに、モカップさんもしんみりしている。
「…ってことは奥さんが自分の旦那を?」
「そういうことになるわね」
ドロドロだな…さすがに引いてしまうぜ。ただ一人、ティアリスだけは目を輝かせて聞いている。好きだよな、ホントに。
「本人は私じゃない、私は無実だって言い張っていたんだけどね…聞き入れられずに結局、死罪になったのよ。それであちらの世界に行けずに出てくるんじゃないかって」
話を聞くと、確かに出てきてもおかしくない。とすると、あの幽霊女はカサラギ商会の関係者って可能性もあるぞ…。
「カサラギ商会の人に話を聞きたいんだが…頼めるかな?」
我ながら朝令暮改ではあるが、昨夜とは状況が違うんでね。
「それはちょっと難しいわね。あの事件の後に商会は店を畳んじゃったから、カサラギの人達が今どこで何をしているのか…調べるのは骨が折れるわ」
「そうだったのか…」
考えてみれば、商会を切り盛りしていた当主と女将が突然いなくなったのだ。そりゃそうだよな。
さてと…それでは一旦コテージに戻り、これからのことを話し合いますかね。幽霊女のことは気になるが、さしあたっては魔法樹の健康診断だ。
サクリファスの魔法樹は特に問題はなかったが、フェリシアさんの話によると本番はこれからのようだ。これまでのようにパッと見て終わり!という訳にはいかないだろう。場合によっては枝を切ったりする必要があるかもしれない。ノコギリは必須として、あとは何がいるかな?
そんなことを考えながらモカップさんにお礼を言い、席を立とうとした時だった。グラウさんが血相を変えて『ティート』に飛び込んできたのだ。
「旦那ー!おっ旦那…おらどけ!何やってんですか、旦那。殺しですよ、殺し!幽霊坂でグレイゴーストのゼーリックが殺されてて、もう大騒ぎ…早く早く!」
思いがけない殺人事件の一報に、店内がざわついた。
今日も腑抜けて常連の若者と厨房係の女の子に励まされていたダスラー君も、殺しという言葉を聞いてさすがに気持ちが切り替わったようだ。グラウさんに引きずられるように『ティート』を出ていった。
ここでグレイゴーストの名が出てくるとはね…まさかの展開だな。ゼーリックが何者なのかは知らないが、そいつがグレイゴーストの二つ名で呼ばれているのであれば話は変わってくる。これは何だか臭いますねぇ…。
こういう時に言葉はいらない。すでにカレンは俺達全員の会計を済ませている。アマユキとティアリスは『ティート』の出入口から今にも出ていってしまいそうだ。
そして、俺は不可視の錫杖でダスラー君とグラウさんを追跡中である。それでも悠長に構えていると怒られそうなので、俺も遅れを取らないように席を立った。
のんびり屋さんのフェリシアさんと、こういうことに慣れていないユリーシャは少し立ち遅れてしまったが、まあ大丈夫だろう。
それにしても、昨夜も訪れたバルトリの坂に今朝も行くことになるとはね…何やら因縁を感じてしまうぜ。あの幽霊女がこの殺人事件に関わっている可能性も十分ある。黒塗りの短剣をグレイゴーストの肖像画に突き立てていたことから、強い恨みを持っていることは間違いないからな。
とは言え、何か証拠のようなものがあるわけでもない。予断を持って判断するのは危険だ。頭の中をまっさらにして、バルトリの坂で起きた殺人事件とやらを見にいくことにしよう。




