城塞都市サクリファス
俺達を乗せた船は昼夜を問わず走り続ける。ここはマウレア海の交通の要衝。だから、レガルディアは四六時中飛空船を飛ばし、軍用鋼製帆船を走らせ、警戒監視を怠らない。
そのおかげで、ここは安全な海域になっている。民間の船はその恩恵に預かっている訳だ。なので2日程の航海は特に何事もなく終わり、もうじきサクリファスに到着だ。
アルカザーマ連合は地図上に11の星が瞬いているように見えることから、イレブン・スターズとも称されている。その一角をなすサクリファスは、他の10の都市とは違いマウレア海に浮かぶリュスギナ島にある。
島の北東には2つの湾に挟まれた半島があり、そこに造られた城塞都市がサクリファスだ。城塞都市と言えば深い堀や高くて分厚い壁が定番だが、ここもその例に漏れない。
「随分と高い城壁だな…」
自然とそんな感想が口から漏れてしまう。
「高さは30mもあるそうだ。ライラリッジやアインラスクの城壁とは比べ物にならない高さだな」
俺の隣で、近付くサクリファスを共に眺めているカレンが解説してくれた。
「30m?」
思わず聞き返してしまった。そいつはやり過ぎだろう…。
「そうだ」
だが、カレンには簡潔に肯定されてしまった。どうやらやり過ぎではないらしい。
「それだけの石はどこから持ってきたんだ?」
そんなに積み上げたら山がなくなってしまいそうだが、遠目に見る限り山は山としてそこにある。
「ここからは見えないが、サクリファスは深い空堀で半島から分断されていてな。それは石灰岩の岩盤を掘って造られたのだが、そこから切り出された石を積み上げ、分厚く高い城壁を造ったそうだ」
それなら山を削る必要はないってことになる。
「なるほど…」
これには納得しかない。
「ちなみに空堀は半島の付け根を横に貫いている。陸側からの敵の侵入を防ぐために造られたので、深さは50mもあるぞ」
「ごっ!」
なにそれ、ぼっけぇな!
「もとは岩だらけだった半島を上手く利用して城壁や空堀を造る…さすがだな」
盛大に驚く俺を、カレンは面白そうに見ている。アルカザーマ地方のことも、勉強しとけば良かったな。
「サクリファスは半島を丸ごと要塞化した難攻不落の城塞都市ってことか?」
「そうだ。そして、サクリファスの象徴が半島の先端にあるこの砦だ」
俺達を乗せた船は、ちょうど湾の入り口に差し掛かっているところだ。確かにそこには立派な砦があり、それが四方に睨みを効かせている。これを落とすのは難儀だろう。
砦があるのは半島の先端だけではない。湾を挟んだ反対側にもある。その砦には海に張り出すように見張り台が造られているが、そこには奇妙なものがある。
「あの目と耳はなんだ?」
そう、見張り台の壁に目と耳の浮き彫りが施されているのだ。
「あれは良からぬことを企む輩に、お前達を監視しているぞと警告しているのだ」
なるほどね…色々と考えているようだ。
「かつてこの地域は海賊の被害に悩まされていたからな…」
そんな時代があったのか…。
「ここがアルカザーマ地方南部の要衝だからか?」
「そうだ。だからこそ、サクリファスはイレブン・スターズの一端を担っているのだ。この程度の大きさの都市なら、アルカザーマ地方には他にもあるからな」
地理的要因ってヤツだ。
そうこうしているうちに船は岸壁に接岸し、俺達はサクリファスに上陸した。もとは岩だらけだった半島だけあって、市内には石造りの建物がひしめき合っている。これらの建物も空堀を掘った時の石で造られたそうだ。
このサクリファスに暮らす人は約10万人といったところらしい。カレンが言っていた通り、ライラリッジやアインラスクと比べるとこぢんまりとしている。もちろん、ミランミルと比べると都会だが。
ふと空を見上げると、ライラリッジを発った時からずっといい天気だったのに、今は一面が厚い灰色の雲で覆われている。まるで不吉な出来事が起こる前触れのようだ。天気なんてただの自然現象なのにさ。
「雨が降りそうだな…」
隣を歩いていたアマユキに、何となく話し掛けてみた。
「降るのは夜遅くからよ」
アマユキは律儀に答えてくれた。天気予報なんてないこの世界で何でそんなことが分かるのか…それは謎だが、これは便利だな。
「お喋りもいいですけど、ちゃんとついてきてくださいね~」
そんな俺達を、フェリシアさんが窘める。
ドルイドとして何度も魔法樹の健康診断を行ってきたフェリシアさんは、道中の宿泊施設を熟知している。このサクリファスで俺達が泊まるのはコテージで、近くには食堂もあるそうだ。
アマユキ天気予報では夜遅くに降るらしいが、外れてびしょ濡れになるのは真っ平御免だ。ここはさっさとコテージへ向かうことにしよう。




