サクリファスへ
5月も中旬を迎え、野山ではタケノコがひょっこりと顔を出すようになった。サクリファス行きが決まってから約1ヶ月。十分に準備を整えた。いよいよ出発である。
「今日からユリーシャ・セレナソルノです。よろしくお願いしますね」
「ああ…よろしく」
改めて挨拶をされると、どう返せばいいのか分からなくなるね。
「そのセレナソルノってのは…なんで?」
「セレナソルノは母の姓です。私はこの名も大事にしたいと思っています」
そうだったのか…。
「いい響きだな」
改めてそう思うぞ。
「ふふっ、ありがとうございます」
お世辞ではないのだが、どうもそのように受け止められたようだ。まあ、いいけどさ。
今回はこれまでのように一つの街を訪問して終わりという訳ではない。サクリファスを手始めに、アルカザーマ地方の主要な都市をすべて回ることになる。
その目的はもちろんあの女の正体を暴き、できれば捕まえること。だが、表向きはそうではない。あくまでもドルイドのフェリシアさんが行う魔法樹の健康診断である。
ついでに、新たな魔法樹を開発するための植生調査もする。これはユリーシャが中心になって調査をするようだ。俺達はその護衛とアシスタントということになっている。さて、何が起こることやら…。
「そんなに気負うことはないでし。アルカザーマをぶらぶらしてくると思えばいいのでしよ」
ややもすると緊張している俺に対して、ティアリスはいつも通りである。
それもそうだよな…俺達は誰かに狙われているという訳ではない。警戒しまくるというのもおかしな話だ。物見遊山でアルカザーマを回ることにしよう。魔法戦士としての経験の差というヤツか…ティアリスは的確なアドバイスをしてくれるね。
ちなみに今日のティアリスは予想通りの地味子ちゃんである。いつもは軍服ワンピースを魔改造して、ヒラッヒラのフリルで覆われたとんでもないワンピースを着ているのだが、今日は俺と同じようにロングコートを着ている。
それでもケープの胸元にさりげなくリボンを付けているところに、ティアリスの譲れない意思を感じる。それくらいならむしろ可愛いから、他の4人も付けた方がいいかもしれない。
「これがティアリスの正装でし!」
俺に見られていることに気が付いたティアリスが、可愛いでしょ!と言わんばかりに胸を張った。残念ながら張るほどにはない。
「まあ…いいんじゃないか。似合っているんだし」
「素直に誉めてくれてもいいのでしよ?」
ティアリスの言う通り、確かに素直ではなかったかもしれない。
「今日も可愛いね」
ここはしっかりと褒めておこう。これから苦楽を共にする仲間なんだし。
「えへへー、そうでしかそうでしか。頭、なでなでしてくれてもいいでしよ?」
撫でねーよ。しかし断るには相応の理由がいるものだ。
「今日は髪型がバッチリ決まっているようだからな。ちょっと難しいね」
どうよ?
「むむむ…仕方がないでしね……」
不満はありそうだが、ティアリスは納得してくれたようだ。
「しばらく…いえ、長い間ここを留守にすることになりそうです。その間はよろしくお願いしますね」
ユリーシャがリアルナさんと、昨日まで身の回りの世話をしてくれたシルフィア、ミリッサ、リシアの3人に深々と頭を下げた。リアルナさんもメイドトリオもさすがに狼狽えております。
それはユリーシャにとっては当たり前のことなのかもしれない。決して狙ってやっている訳ではないはずだ。そして、それは他のやんごとなき方々にはできないことだろう…たいしたもんだね。ユリーシャの人気が高いのも納得できるというものだ。
「こちらのことはお任せください。後々の心配事は断ち切っておりますから」
厄介なのはユリーシャの一挙一動に注目している新聞社だが、この件に関しては軍から強い圧力がかけられ、報道されることはないようだ。多くの人の知るところとなると、面倒なことになりかねないからな…。
今回の作戦もこれまでと同様のメンバーだ。俺、ユリーシャ、カレン、ティアリス、アマユキ、フェリシアさんの6人である。
俺がまだ見習い魔法戦士だった頃から色々とお世話になった人達。アインラスクでは一緒に暮らし、事件を解決した。ミランミルでは特に何もなかったが、気心の知れた仲間ならではの阿吽の呼吸というものを感じていた。
ベルツさんには、俺の選ぶ道には様々な困難が待ち受けていると言われた。でも、このメンバーなら乗り越えていけるさ。根拠なんて何もないけど、そう思うぜ。
出発の日は、俺達の前途を祝福するように一点の雲もない青空になった。太陽を眩しげに見上げてから馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと動き始めた。さあ、行こうぜ!サクリファスへ。




