小さな小石と大きな流れ
「よく分からないんだが…何でそんな話になったんだ?」
エステルマギの埋蔵金をめぐる事件は、ほんの1ヶ月前の話だ。いくらなんでも話が急すぎる。
「もとはと言えば、この撒き餌作戦は軍から出た話だったのよ」
軍はあの女の行方を追っている。それを踏まえて考えると、理に適っているな…。
「俺はともかく、ユリーシャにそんなことをさせるのは無理じゃねえか?」
養子とは言え、ユリーシャは王族だ。こんな作戦に従事させるとは思えない。
「そうね、軍が出した結論もそうだったわ。それでも駄目元で王室庁に打診したのよ。そしたら、王室庁はこの話に飛びついたの」
「なんでだよ…」
王室庁がユリーシャを売るって…そんなのありか?
「非公式な調査なんだけど…王室庁は次の国王にもっとも相応しいのは誰か?というアンケートを行っていたの。その結果はユリーシャ様が断トツだったわ」
これは…あまり良い結果ではないね。
「そもそもラザルト国王には実子が4人いるわよね?ユリーシャ様が養子として迎えられたのは、あくまでも優秀な魔法使いを囲い込むため…後継者に、などとはまったく考えていなかったはずよ」
王室庁がユリーシャの扱いに頭を悩ませるのもよく分かる。
「このことを憂慮した王室庁は、余計な問題を起こさないために、ユリーシャ様の廃嫡も選択肢の一つとして考えているみたいなの」
「滅茶苦茶にも程があるな」
養子として迎えたり廃嫡にしようとしたり…人を何だと思ってるんだ?
「そうね…そこへ降って湧いてきたのが、軍からの打診だったのよ」
王室庁がこの話に飛びついたのもよく分かる。この作戦にユリーシャを参加させ、運悪く亡くなるようなことにでもなれば、ヤツらを悩ませている問題は解決するのだ。
「リアルナさんはそこに待ったをかけてるって訳か…」
「正確には私じゃなくてエレーナ様なんだけどね…どうなるかは分からないけど、心の準備はしておいてね」
言われるまでもないさ。
リアルナさんの部屋を後にし、自分の部屋に戻ってから俺はため息を吐いた。それにしても、とんでもないことになっているな…こういう話があると、改めて自分が軍に属しているということを再認識してしまう。ユリーシャ邸での生活が恵まれ過ぎていて、そんなことを意識することはあまりなかったけどさ。
いずれにしても、俺はこれまで通り日々を過ごすべきだろう。それしかできないにしてもだ。そして、この話の行く末が決するのに、そんなに時間はかからなかった。
「エレーナ様による巻き返しで、廃嫡の選択肢は完全になくなったわ」
「そうか…」
これは当たり前である。ユリーシャは頭でっかちな王室庁の文官どもの道具ではないのだ。好き勝手にされてたまるか。
「でも、撒き餌作戦そのものをなかったことにすることはできなかったの」
「だろうな」
これも納得できることではある。それはかつてユリーシャから赤い髪の女の探索に当たるように言い渡された時の言葉を思い返すとよく分かる。
『これはラザルト陛下からショウへのご命令です』
あの女を追っているのは軍だが、それはラザルト国王から出された命令なのだ。手段を選ばないという訳ではないだろうが、この程度は許容できるということだろう。いかにエレーナ王妃の働きかけがあっても、そこには限界があるってことだ。
「それでもこの作戦は軍の全面的なバックアップのもとで行われることになったわ」
「そうか…」
そこが最も重要なところだった。リアルナさんは色々と頑張ってくれて、それはある程度の成果をもたらしたようだ。
「ライール川に小さな小石を投げ込んでみたところで、それで流れが変わるなんて…ある訳ないわね」
「そんなことはねえよ…」
自嘲気味に呟くリアルナさんに、俺は慰めではなく本心で返した。
あの話を聞いてから何度となくこの部屋を訪れ、状況を聞いていた。リアルナさんは本当によくやってくれたと思う。あとはどこを訪問するか…だな。
なぜあの女はアインラスクを選んだのか?ミランミルで何もしなかった理由はなんなのか?謎多きあの女の考えていることなど分かりはしないが、そこは推し測るしかないだろう。
今の俺にできることは、次の訪問地がどこになってもいいように準備を整えておくことだ。何か…特に変わったことをする必要はない。そして、ついに次の行き先が決まった。それは予想外の所だった。




