差し迫る事態
美味しいものを食べ、ミランミルの自然を満喫し、適度にトレーニングもする。ここでの1週間はあっという間に過ぎ、今日はもうライラリッジへ帰る日だ。
時間ギリギリまでリセエンヌさんと話し込んでいたユリーシャが、名残惜しそうに飛空船に乗り込むと、ついにこの地を離れる時がやってきた。
リセエンヌさんは控えめに手を振り、ベルツさんは大仰に腕を振っている。それに応えてユリーシャも小さく手を振っている。やはり少し涙ぐんでいるね…伝声の魔法を使えばいつでも声を聞くことはできるが、それだけでは埋められない何かがあるものだ。それは実際に会わないとどうにもならない。
動き出した飛空船の中で、しばらくしんみりとしていたユリーシャだが、やがて立ち直った。来たときと同じようにみんなでカードゲームを楽しみ、ミランミルでの思い出話に花を咲かせ、それから昼寝もする。
少し無理をしているような気もするが、これはユリーシャなりに気を使っているのだろう。ならば、こちらもいつも通りに振る舞うべきだ。再び1日半をかけて、俺達はライラリッジへ戻ってきた。
アインラスクの時とは違い、まるでバカンスのようなミランミル訪問だった。正直に言って、もう少し滞在したかった。でも、バカンスってそういうもんだからね…仕方がないか。
さてと…帰ってきたからにはやるべきことがある。まずは牝犬の調教だ。アレを放っておくと、どこで何をされるか分かったもんじゃない。
という訳で俺はリアルナさんの部屋を訪ね、たっぷりとご褒美を与えてあげた。いつもなら余韻に浸るリアルナさんを放置してそのまま帰るところだが、この1週間に何か変わったことがなかったか…そこは確認しておきたい。この変態女は裏の事情にも精通しているからな。
小一時間も待たされた後に、いつものキリッとしたリアルナさんが寝室から出てきた。
「珍しいこともあるものね。いつもはほったらかしにして、さっさと帰るのに」
返す言葉もございません…でも、こんなに待たせるのもどうかと思います。意趣返しなんだろうけど。
「俺達がミランミルに行っている間に、何か変わったことでもあったんじゃないかと思ってさ…」
お約束ではあるが、鎌をかけてみることにしよう。
「そうねぇ…ない訳でもないけど」
「なんだよ?」
気になるじゃねえか。
「ユリーシャ様がアインラスクを訪問された際に事件に巻き込まれ、それにはあの女が関わっていたわね」
「まぁ、そうだな…」
巻き込まれたというか…自分から首を突っ込んだのだが。
「それをどのように見るべきか…それで意見が割れているのよ」
「はあ…」
いまいちピンとこなくて、俺は気の抜けたような返事をしてしまった。リアルナさんは苦笑している。
「これまでユリーシャ様は色々な街を訪問されたわ。でも、事件に巻き込まれたことなんて一度もなかった」
そう言えばそうだな。ユリーシャは俺が見習いだった頃から月に1回か2回は地方の都市を訪問している。だが、これまでにそんな話は聞いたことがない。
「にも拘らず、アインラスクでは事件に巻き込まれてしまった…これまでとの違いは何かしら?」
「俺がいたことか?」
不愉快ではあるが、それは事実だ。
「そういうことになるわね…」
リアルナさんも否定しない。だが、それは不都合な事実から目を背けているとも言える。
「ミランミルでは何も起きなかったぞ」
これも紛れもない事実だ。
「そうなんだけど…それで引き下がるとは思えないのよね」
引き下がる?
「どういうことだ?」
何だかきな臭くなってきたぜ…。
「ユリーシャ様は特別な存在よ。そして、あなたもまたそうよね?」
「そう…かもしれないな」
不愉快な話だが、それは認めざるを得ない。
俺は神隠しに遭い、この世界にやってきた。その正体はたいして取り柄がある訳でもないただの人間だ。それは他ならぬ俺が言っているんだから間違いない。だが、俺の素性をごく一部しか知らない人は、そうは思わない。
「特別な2人が一緒にいることで、あの女が引き寄せられる。それが謎多きあの女の正体を暴くことに繋がる…そう考えている人がいるみたいなの」
随分とふざけた考え方だな。
「つまり俺とユリーシャを餌にして、あの女を釣ろうとしている訳か?」
「そういうことになるわね…」
俺の見立てをリアルナさんは否定しなかった。
俺はともかく、ユリーシャを餌にするのはとんでもない話だ。にも拘らず、この話は奇妙なほどに早い展開で進んでいるように思える…確かなことは、この話がどう転ぶかは分からないが、転び方によっては俺の立場も危うくなるってことだ。何やら風雲急を告げる展開になってきたぞ。




