寄り添う
思わぬイベントに邪魔されてしまったが、今度こそまったり寛ぎタイムだ。ベッドの上で思う存分ゴロゴロしていたら、リシアが俺を呼びにきた。どうやら夕食の時間のようだ。
いつもはリセエンヌさんが夕食を作るようだが、ユリーシャがいる間は『ラナンエルシェル』から派遣されたフィオナさんが作ることになっている。茜色のセミロングが似合うティアリスのお姉さんだ。
いつも『ラナンエルシェル』でいただいている様々な料理の中には、フィオナさんの手によるものもある。だからその腕前は折り紙付きだ。今回もメインで出された地鶏のコンフィは、誰もが感嘆する出来映えだった。
地鶏だけあって肉の歯応えはしっかりとしていて、濃厚な味わいがある。この地鶏の旨さを引き立てるリンゴのソースは、リンゴの持つフルーティーな香りと瑞々しさを堪能できるものだ。リンゴの甘味が地鶏によく合っていて、まさに絶品でしたよ。
フィオナさんは俺達のミランミル訪問が決まってからすぐにこの地を訪れ、地元の食材にこだわったメニューを考えていたそうな。いやはや…頭が下がりますね。
さらに驚かされたのは、このコンフィに合わせるものとしてサキィを用意していたことだろう。サキィって何だ?と思っていたら、それは米と麹と水で作られたお酒、つまり日本酒である。
今回、フィオナさんは敢えて古酒を選んだようだ。熟成されたお酒は独特の飴色に色づき、地鶏のコンフィの味わいをさらに深くしてくれる。にも拘らず決して脇役に甘んじることなく、自らをも更に高めている…引き立て合うとはこのことを言うのだろう。
しっかりとしたお酒だと、肉とも相性がいいんだな…いつもならホカホカの白いご飯と一緒に食べるところだが、こういうのも悪くない。
「いつもユリーシャのために素晴らしいお料理を作っていただいて…ありがとうございます」
いつもはベルツさんのために腕を振るうリセエンヌさんが、フィオナさんに謝意を表した。
「嬉しいお言葉…ありがとうございます」
フィオナさんも丁寧にお辞儀をした。この礼儀正しさ、妹さんにも見習ってほしい。「でし!でし!」言ってないでさ。
「どのような心構えでお料理を作っているのですか?」
フィオナさんは間違いなく一流の料理人で、リセエンヌさんも興味津々のようだ。
「やはり…寄り添うということでしょうか。私の作ったものを食べて下さる方々、それから今日の晩餐のために食材を提供していただいた生産者の方々…この夕げに関わるすべての人に寄り添うこと。それを一番大事にしています」
フィオナさんの言葉には、彼女の立場に相応しい重みがある。
そこには素晴らしい料理を提供したいという意気込みは、あまり感じられない。それは二の次なんだろう。それを第一に考えると独りよがりな自己満足になってしまう。それはエゴだよ!って昔の偉い人も言ってたからな。
寄り添う…か。それは簡単に言ってしまえば、そばにいることだろう。でも、それは本質じゃない。
本当の意味で人に寄り添うというのは、自身のことだけでなく、他者への思いやりを持っていないとできないんだ。相手を思いやることができる。それは他者の状況を想像し、共感できるってことだ。
そこには本人の余裕も必要だろう。自分のことで一杯一杯だったら、相手の状況が想像できても行動することなんてできやしない。
そして、それだけでもまだ不足している。それは経験だ。過去に誰かから寄り添ってもらい嬉しかった…あるいは救われた。そのような経験から優しさを知っている人は、自身も人に寄り添うことができるだろう。
寄り添うって難しいよな…俺には無理だ。それだけは、はっきりと分かる。でも、それでいいじゃないか。寄り添える人がいれば、寄り添えない人もいる。それがリアルってもんだ。そして、何でもそうだけど…行き過ぎると息苦しいもんだからな。




