やはり茨の道か…
邸宅の中にはいくつも部屋があり、その中には俺のために用意された部屋もある。ユリーシャ邸の俺の部屋と同じくらいの広さの部屋だ。ちょうどいい広さとは、このことだね。ここはのんびり寛ぐことにしよう…と思っていたが、そうは問屋が卸さなかった。
コンコン、という音が俺の耳に届く。誰かがドアをノックしたのだ。控えめで、中にいる人にまったく嫌な思いをさせない礼儀正しいノックの仕方は、誰もがお手本にするべきものだろう。感心しながらドアを開けると、そこにはリシアがいた。
「ユリーシャ様が呼んでいるでごぜ…います」
ユリーシャがいないから油断したな?まだまだでごぜーますな、リシア君。
それはともかく、いったい何の用でしょうね…昼食の後のまったり寛ぎタイムは貴重なのですよ?できれば放置しておいてもらいたいところだ。少しの不満とそれを上回る好奇心を胸に、俺はユリーシャのもとへ向かった。
ユリーシャが滞在する部屋は、彼女の身分に相応しい立派な部屋だ。当たり前のことだが、俺の部屋とは大違いである。そこで俺を待っていたのは、ユリーシャとそのご両親である。案内されるままに俺はユリーシャの隣、ご両親の向かいに座った。
この状況、まるで娘が付き合っている彼氏を両親に紹介するみたいだな…付き合ってはいないけど。リシアが淹れてくれた紅茶を一口飲んだユリーシャが、話を切り出した。
「ぇと…以前にお話ししたと思うのですが、彼がショウ・ナルカミです…」
照れすぎだろ、ユリーシャ。俺のことをどういうふうにお話ししたんだ?
「私の…専属の魔法戦士の一人です。わ、僅か半年で…正規の魔法戦士になった人です」
さらに紅茶を飲んだユリーシャが、俺の方をチラチラと見てくる。俺に何か話してということだろう。
「ショウ・ナルカミです。宜しくお願いします…」
隣のお方から「それだけ?」と突っ込みがきそうだが、それ以上は何も言えん。ていうか、こういうのは事前に相談してほしい。
「ユリーシャもショウ君も、そんなに硬くならなくていいのよ。それに…ショウ君がここに来るのはユリーシャが話してくれる前に分かっていたから」
他ならぬリセエンヌさんに余計な気を使わせてしまった。これは失態である。でも、奇妙な物言いだな…何で分かるんだ?
「お父様は予知と占いができるんです」
俺の疑問を察し、ユリーシャが答えてくれた。
「そんなに便利なものでもないけどね」
ベルツさんは苦笑しているが、これで謎が一つ解けた。あの時の奇妙な目つき、それは予知とか占いとかで俺のことを知っている人の目だったのだ。ベルツさんは謙遜しているが、その腕は確かなのだろう。
「せっかくだから、占ってもらったらどうですか?」
それもそうだな。元の世界の占いなんて眉唾物だが、魔法の世界の占いはそれなりに信憑性がありそうだ。
「お願いできますか?」
「もちろんだよ」
ベルツさんは快諾してくれた。
そういう話になるかもしれないと思っていたのだろう…ちゃんと占いの道具を持ってきている。準備がいいね。どうやら水晶を使った占いをするようだ。
「水晶の上に手を置いてくれるかな…」
言われた通りに俺は水晶の上に手を置いた。占ってもらう人が手を置くというのは、俺のイメージしていた水晶占いとはちょっと違う。
みんなが注目する中、ベルツさんはじっと水晶を見つめている。真剣な表情だ…誰も何も言わない。しばらくの静寂の後、ベルツさんはゆっくりと水晶から目を離した。さてさて、どんな未来が見えたんでしょうか。
「言いにくいことなんだけど…ショウ君が選ぶ道には様々な困難が待ち受けているようだね」
ベルツさんは少し困ったように占いの結果を告げた。
俺が選ぶ道…それは誰にも話していないが、もちろん俺には分かっている。困難が待ち受けていようとも、簡単に諦める訳にはいかない。
「ただ、君が君でいる限りは上手く解決できるんじゃないかな…」
俺が俺でいる限り…か。その意味を計りかねているが、上手く解決できるのであれば悪いことではない。
「それから…ショウ君は棍棒を振り回すトレーニングをしているのかい?」
これはバットの素振りのことだろう。
「まぁ…そうですね」
「その棒術はこれからも続けた方がいい。それがきっと幸運をもたらすはずだよ」
バットの素振りがどんな幸運をもたらしてくれるのかは分からんが、これはずっと続けていくつもりだったから嬉しいね。
占いが終わった後もイマイチ話は弾まなかったが、ユリーシャが俺の食いしん坊話をした辺りから流れががらりと変わった。ベルツさんも食いしん坊万歳派で俺達は意気投合してしまったのだ。そんな俺達をユリーシャとリセエンヌさんが弄るという構図で、楽しい一時を過ごすことができた。
図らずもご両親と打ち解けることになってしまったティータイムは、ベルツさんが「あとは若いお二人に任せようかな」などと言いつつ席を立ったので、これにてお開きだ。
小一時間のティータイムが終わり、俺はやっと一息吐いた。こういうのは、正直に言って疲れるね…。もしかして、ユリーシャがカレンに宥められたり励まされたりしていたのは、このティータイムのことだったのか?そもそも両親と会うのにそんなに緊張する訳ないもんな。
「こういうのは前もって言ってくれよ…」
心の準備ってヤツがあるんだからさ。
「前もって言うとショウは嫌がるじゃないですか」
うぐっ…確かにそうなんだけど。
「それとも…夕食時の方が良かったですか?」
「いいえ、今の方がいいです」
なぜか丁寧な口調で、それでもきっぱりと断った。
「それでは、夕食時はいつも通りでいいですよ」
ユリーシャはぼかして言ったが、会食の時の俺はひたすら置物である。それをしっかりと見抜いているのはさすがだね。でも、それでいいのなら気は楽だ。今日もしっかりと置物をすることにしよう。
しばらく他愛もない話をしてから、俺はユリーシャの部屋を後にした。それは楽しい一時であり、気を使う一時でもあった。占いの話はお互いに避けていたからだ。でも、それでいいと思う。誰にだって触れてほしくないことはある。いずれ…その時が来たら、だな…。




