大切なものとは?
「何も…ないですね」
「そうですね…」
沈黙に耐えかねてユリーシャがぽつりと呟き、それにカレンが相槌を打った。
「ここで行き止まりなのでしか?」
ティアリスにもいつもの元気がない。
「そのようです…」
錫杖を操作して部屋をぐるりと観察したユリーシャが、誰にとっても残念な結果を通知した。
これは…言葉にならないな。誰もが言葉を失ってしまっている。しかし、その衝撃が少しずつ過ぎていくと、何だか可笑しくなってきた。
「いいじゃねえかよ。どのみち5兆リガなんて大金…俺達のポケットには入らないんだからさ」
伝説はやはり伝説だったのだ。むしろこんな遺跡が見つかっただけでも、たいしたもんだと思うぜ。
「それもそうね」
アマユキもあっけらかんとしている。フェリシアさんのおかげでザカリヤ嫌いになった身としては、ざまあみろと思っているのかもしれない。
そのフェリシアさんは、魂が抜けたようにポカーンとしている…ぶっ倒れたりしないか、心配になるね。
ここではない別の世界に行ってしまったフェリシアさんはともかく、一先ずこの結果を受け入れることはできた。世の中、そんなもんである。
その後、ユリーシャはもう少し詳しくこの空間を調べた。そこは白の部屋と同じぐらいの広さがあるようだ。ぱっと見は何もないように見えたが、床に数十枚の金貨や銀貨が落ちていた。いずれも鋳造された時期はかなり古いように見える…それこそ300年前にここに持ち込まれたとしても、おかしくはないようだ。
調査の概要はユリーシャが伝声の魔法を使ってリアルナさんに伝えた。アインラスクにいた際に、カレンがリアルナさんへの連絡でよく使っていた魔法だ。
魔法の世界の携帯電話といったところか…端末も基地局もいらないなんて、便利なもんだよな。事の顛末には薄々と気が付いているだろうが、ニルスライズには俺の方から話しておくことにしよう。
「そうか…残念な結果に終わってしまったな」
これぽっちも残念ではなさそうなところが、いかにもニルスライズである。別にいいけどさ。
「村には地図の写しを残してあるし、道中には目印も付けてある。もうじき調査隊の本隊がやってくるだろう。それまではゆっくり休んでいればいい」
先発隊としての俺達の役目はもう終わっているしな。ここはお言葉に甘えることにしよう。
俺達が調査をしている間に、案内人の男は組み立て式の焚き火台に火をおこしてくれていた。肩に掛けていたバッグには何が入っているのか…気になっていたが、どうやらそこに薪を入れていたようだ。さすがですね。
焚き火に当たりながらミリッサが作ってくれた弁当を食べて、食後に温かいお茶で一息つくと…何だかホッとするね。ゆらゆらと揺らめく炎が、この残念な結果を慰めてくれているようだ。
穏やかで静かな時間が過ぎ、昼下がりを迎える頃、このまったりとした時間に終わりを告げる人々がやって来た。調査隊の本隊だ。
軍の魔法戦士と発掘調査員が半々といったところか…改めてユリーシャが調査隊の面々に状況を説明した。がっかりするかと思いきや、調査員達の目はキラキラしている。
「誰も…へこんでないな」
そこがよく分からない。
「彼らは遺跡調査の専門家ですから…たとえ埋蔵金などなくても、新たな遺跡こそが宝物のようなものなのですよ」
ユリーシャがクスクスと笑いながら、彼らの心中を慮ってくれた。
「そうだな…そういうもんだよな」
ユリーシャの言っていることは、よく分かる。誰にとっても大切なものがあり、それは決して同じものではない。そんな当たり前のことをど忘れするとは、我ながら情けないぜ。
あとは調査隊の方々に任せ、俺達は洞窟を離れてウォルライエの村に戻ることにしよう。案内人の男がそこかしこに目印を付けてくれているので、迷うことなく戻ることができた。せっかくここまで来たんだから、ザカリヤのお墓参りもしておくか…フェリシアさんは埋蔵金がなくて落ち込んでいたしな。
ザカリヤ・エステルマギが眠る墓は、長い歳月を物語るかのように所々が黒ずんでいる。それでも、全体的には綺麗だ。村の人々がこのお墓を大切に扱っているのがよく分かる。
「ここにザカリヤさんが眠っているのですよ。まさに聖地ですね!」
やはり元気100倍になりましたね。
「普通は共同墓地に埋葬されるので、このようなお墓が造られることは珍しいのです。ウォルライエの村ではザカリヤさんのお墓しか造られていないのですよ。覚えておいてくださいね」
みんな神妙な顔で頷いたけど、誰も覚えるつもりはないと思う…。
それはともかく、さっきまでの魂が抜けたようなヤバい状態は脱したみたいだ。ちょっとアレなところはあるけれど、大事な仲間だからな…あまり心配させんなよ。




