【SIDE:ミシェル】ヴォルフ騎士団員・ミシェル
※今回はミシェル視点のお話です※
―――我らがボーデン公爵さまが、ヒト族の娘を娶るという。
その相手はヒト族筆頭レーゲン公爵家からだという。しかし、噂によればその相手は魔法の才は確かなものの、心底アホな令嬢だと言う。しかも獣人族のことを野蛮だの獣臭いだなどと言っていたと聞いた。そのようなヒト族の娘が我がボーデン公爵さまに嫁ぐだなんて。
私はボーデン公爵家に仕える騎士・ミシェル。もちろん、当主であるレオン・ボーデン公爵さまに忠誠を誓っている。淡いベージュの髪を左にまとめて束ね結い、胸元に垂らしている。耳は狐耳。しっぽも狐しっぽ。瞳は吊り目気味で色はカーマインレッドである。
まぁ、見た目は結構いいらしく、伯爵家の出身で求婚者も多かったが。私はそう言うのには興味がなかった。むしろ昔から体を鍛えることが好きで、成人を迎えるなり真っ先に憧れのボーデン公爵家の門戸を叩き、公爵家専属騎士団であるヴォルフ騎士団の一員となった。
ヴォルフ騎士団の一員として日々鍛錬を重ね、公爵さまのために忠誠を捧げてきた私たちの前に現われたのは、かのレーゲン公爵家の家紋が描かれた馬車。
そしてそこから降り立ち、ひとりで歩いてきたひとりのご令嬢。
馬車は既にこの場を去っている。彼女に逃げ道はない。
はて、先ぶれもなく何をしに来たのだ、このヒト族は。
我々ヴォルフ騎士団の騎士たちは彼女を一斉に取り囲んだ。
この令嬢が、かの魔法の才だけはあるものの“アホ”な令嬢・エミリア・レーゲンなのだろうか。アホだとは言え、魔法の才はあるのだというから、警戒するに越したことはない。
そして私は魔法も同時に扱う魔法騎士である。獣人族の中でも花形で屈指の実力を誇るヴォルフ騎士団には魔法騎士も多い。
―――それに、長男に比べて専門はヒーリング魔法だという。
攻撃系に秀でた私たちにこのような小娘がかなうとでも!?
そして彼女は、許し難いひと質を抱えていたのだ。
―――黒い毛並みの狼のぬいぐるみ。
我ら獣人族は、祖先に獣の血が混じっていると言われている。その身に宿すケモ耳しっぽの特徴を得る特定の獣はそれぞれの種別に応じて神聖な象徴として扱われる。私の家の場合は黄金狐だ。
このボーデン公爵家の場合は黒狼。その、黒狼を胸に抱いて、ひと質として抱えてくるだなんて!
この娘、許せん!我がボーデン公爵家への明確な敵意!侮辱!つまり今回のドラッヘルン王家の縁組を反故にして大々的にヒト族が獣人族に戦争を仕掛けるということか!!
私たちが闘気をあらわにしたその時、冷静な声が響いた。
―やめなさい、お前たち―
私たちを止めたのは、レオン・ボーデン公爵さまであった。王城に呼び出され急遽登城しておられた公爵さまがお帰りになった。仕方がない。我々はその指示通りに剣を下げた。
そして、公爵さまはその令嬢を―ロロナ・レーゲン―だと言った。
え、アホな子の方じゃないのか?
確かロロナ・レーゲンと言えば、社交界ではほぼ幻と言われている令嬢ではなかったか。その令嬢が何故ここに?そして何故、黒狼をひと質にぃっ!!
そしてなんとロロナ・レーゲンは我らが主の顔すらも知らなかった。しかし。
―すみません。わふたんにしか興味がなくっ―
今、ロロナ・レーゲンは何と言った?“わふたん”=狼=今抱いている黒狼
つまりはこういうことか!このロロナ・レーゲンは獣人族の中の筆頭中の筆頭公爵家・ボーデン公爵家にしか興味がない。つまりは直に宣戦布告に来たと!?
―――
そして、我らがヴォルフ騎士団員たちが見守る中、公爵さまは宿敵を何と応接間に通したのである。今もまだ、黒狼はロロナ・レーゲンの腕の中にある。
くぅっ!公爵さまもさぞお辛いだろう。まずは黒狼の安全なる引き渡し交渉に移られるということか。
それなら我々は来たるべき時に備え、そして公爵さまのGOサインを待つしかない!
―――
何がどうなったのか、結局公爵さまは何とそのまま竜王陛下の命に応じ、ロロナ・レーゲンと婚姻を結んでしまったのだ。
何故、何故です!黒狼をひと質にとるような令嬢と婚姻を!
しかしながらこれも公爵さまの作戦かもしれない。相手を懐に招き入れることで、黒狼奪還の隙を窺うという作戦かもしれない。
そして何故か、敵の手先である令嬢と床を共にされることを選ばれた。
と言うことは、あれか。寝込みを襲って、油断したところで黒狼を保護する作戦なのですね!
そして、その隙をわざと見せて床を共にすることを選んだロロナ・レーゲン。恐らく彼女も、公爵さまの寝込みを襲う作戦なのかもしれない。
―――今夜が、正念場だ。
※続きは明日更新予定です※