あぁ、わふたんわふたん、わふたんぬいぐるみよ。どうか私を守りたまえ。
―――獣人族とひとくくりにしても、そのケモ耳しっぽの種類は非常に多い。ヒト族にもいろいろな民族がいるように。猫耳しっぽ、ウサ耳しっぽ、虎耳しっぽ、犬耳しっぽ、狐耳しっぽなどと様々で、希少なケモ耳しっぽのものもいる。
そして、狼耳しっぽ。
ヒト族と獣人族の仲が悪いと言っても全てじゃない。王城のパーティーがあれば顔を会わせることもある。私は子どもの頃にかつて狼耳しっぽの男の子に出会ったことがある。
とってもかっこよくって。わふわふで。お耳ふにふにそうでしっぽがわっふわふだった。あぁ、わふわふ。わふわふ。
私の旦那さまは何耳しっぽだろう。カバンからその男の子風の黒い毛並みのわふたんぬいぐるみを出して抱っこしてみる。
それにしても。こんなことになるならちゃんと社交性を身につけておけばよかった。一応、王城のパーティーなどはお兄さまがいらっしゃるときは行ったのだが。こんな見た目だしエミリアの方が目立つのでぶっちゃけ比べられるのが嫌で私は壁の華だった。
ちゃんと見ておけばよかった。レーゲン公爵。確か、最近当主を継いだばかりでお若い方だった気がするけれど。
どんな方なんだろう。
「お嬢さま、着きましたよ」
御者が馬車の扉を開けてくれた。
「本当によろしいのですか?旦那さまがOKの書類に印を押してしまいましたけど」
「あぁ、それね。どっちにしろ私が嫁ぐしかなかったんだから仕方ないわ。それとこれ」
私は馬車の中でしたためた手紙を彼に差し出す。
「こちらは?」
「お兄さまが御者として私を送ったあなたを責めた時にお兄さまに渡して。あなたに罪はないから。あなたはウチで長年勤めてくださったし、家族もいるでしょう?路頭に迷ったら大変だわ」
「お、お嬢さまぁ~~~っ!!!」
そんな号泣しないでよ。もう。
「一応、執事長が坊ちゃまのところに走ってはいるので」
「でも、お兄さま今、隣国よ?」
「そうなんですよ。何なら、このまま隣国に逃げるという選択肢も」
「いや、無事にお兄さまに会えるかもわからないし、旅の準備もしてないでしょ?あなたは仕事をしただけよ。気を付けて帰ってね」
「お、お嬢さま」
「あと、エミリアのことだけど」
「はぃっ!使用人で総スカンしましょうかっ!」
「父さまに睨まれたら困るわ。あと、あの子絶対宝石とか騙されて渡しそうになるから、そのリストは取っておいて、お兄さまに渡してね」
「え?は、はい!」
まぁ、アレクセイはもはや大嫌いだが、妹のエミリアは。ただアホなだけないのよね。多分アレクセイに乗せられてるだけだし。
「それでは、お嬢さま。行ってらっしゃいませ!」
何故か御者に敬礼で見送られる。
―――
そして。
「ごめんください」
私はボーデン公爵家の門を叩いた。
「どちらさまで」
門が開けば、バタバタと騎士たちが駆けてきて私は囲まれてしまった。とてもじゃないが“どちらさまで”と言うセリフが似合う雰囲気ではない。
しかし。
猫耳しっぽ、ウサ耳しっぽ、狐耳しっぽ、えっとこちらの彼はまさか。カンガルー耳しっぽ!!?
呆然と彼らを見ていた私の背後から声がかかる。
「やめなさい、お前たち」
その声に騎士たちが剣を降ろした。
そして背後を振り返れば。
「あっ」
そこにいたのは。
「ロロナ・レーゲン公爵令嬢。何故、あなたがこちらに?」
私のこと、知ってるの!?パーティーでも全く目立たなかったから知っているひとがいるとは!※因みにアレクセイのヤロウは私が地味だと言って竜人族の令嬢に鼻の下を伸ばしていた。
「えぇと、あなたは?」
「ボーデン公爵家を訪れて、当主の顔もご存じないか」
と、当主って、ボーデン公爵!?
「すみません。わふたんにしか興味がなくっ」
ってちゃうわぁっ!!お守り代わりにわふたんぬいぐるみを抱いてるからってボケすぎだろう!やばい。私もエミリアのこと言えない。反面教師反面教師。
「いえ、勉強不足です」
「レオン・ボーデン。俺の名だ」
や、やっぱりこの方が、私の旦那さまになると!?そして、このひと。
黒い髪に頭の上にぴょいんと生えた狼耳。そして切れ長の金色の瞳は獣人族特有の縦長の瞳孔。背は高くすらりとしており、マントの陰からもっふもふ狼しっぽが覗いている。
わっ、わふわふっ!わふたん―――っ!!!
私は心の中でガッツポーズを決めた。