ポカをやらかすサガシモノさん
たぶん暇つぶしくらいにはなります。
私は「穀潰し」なので「暇つぶし」とは友達以上恋人未満のようなものですね。だから裏付けのない妙な自信を持ってます(嘘ですごめんなさい最後まで読んで下さると嬉しいです)。
雪の降り積もる白い街――『ヒニクヤシティ』。
そこには「サガシモノさん」と後ろ指を指され、街の嘲笑をかう中年男性がいる。
彼は名前に恥じぬよう、毎日のように探し物をしている(本人談)。
実際のところ、不本意ながらの落とし物ばかりする「うっかり」という言葉が板についた男。
ある幼児は「うっかりさんだ」と言って彼を指さしていた。サガシモノさんは顔を真っ赤にして恥辱から憤死しかけていた。
だが、彼はめげない。本人は焦りや不安を紛らわせるために「どこかな、どこかな」と口ずさんでいる。
が、時間経過と共にそのテンポは加速していき、実際には自分で自分の首を絞めている。
焦りを紛らわすはずの歌が、焦りを促す起爆剤となってしまっては元も子もない。目も当てられないとはこのことだ。
しかし、彼は性懲りもなく歌いながら、落とし物を探す。短いフレーズにもかかわらず音痴がバレバレで、道行く人の笑いのタネとなっていることは言うまでもない。
目も当てられないどころか耳も当てられない。ちなみにサガシモノさんは耳当てを愛用している。
いつも歌いながら探し物をしているサガシモノさんは、街でちょっぴり有名人。もはや奇人の域。雪の街でこんなにも笑いものとして認識されているのは、サガシモノさんの他に赤鼻のトナカイくらいだろう。
◆*◆*◆*◆*◆
この街は年がら年中寒い。しかし、本日の気温は普段よりも一回り低く、焦げる寒さと表現するにふさわしい。雪降る白い街と呼ばれるヒニクヤシティだが、今日にかぎっては住民たちの呼気も白い。地面、屋根、それに加えて空気までところどころ白く染まっている。
「どこかな~、どこかな~」
そんな極寒ともいえる日の夜でも、サガシモノさんは落とし物をしたようだ。性懲りもなく。
さすがの彼も、こんな寒い日となればかなり嫌気がさしているようだ。
今も夜の街路に響く「どこかな、どこかな」のメロディーは普段の三割増しで酷い。怨嗟さえこもっているようだ。今にも街角に店を構える除霊師のおばはんが飛び出してくるような勢い、と表現すればわかりやすい。
と、ここで今日の彼のコーディネートについて描写しておこう。
雪と一体化してしましそうなほど白……くもない、心なしか薄汚れた長いコート。色を比喩表現するならば、都会に降り積もった雪が、数日間踏み固められて茶色がかったような白いコート。
蛇のように長く、悪趣味な緑色のマフラー。
子供が履いていたら微笑ましいが、おじさんが履いていると若干どころかかなりキツイ、赤い長靴。
そして、彼のトレードマークでもある黄色の耳当て。
本人は全く意識していないが、赤・黄・青(緑)と見事に信号機の色をコンプリートしている。そんな人はなかなかいないだろう。街中でも見かけたことはない。
みかけない理由が、絶望的にダサいからか、最先端を行きすぎて停止ラインを越えてしまった交通違反レベルのファッションセンスだからなのか……誰にも分からない。
「どこかな~、どこかな~」
しかし、どうやら絶望的コーディネート……長くて打つのが面倒なので『信号機』と略させていただくが、それは温かいらしい。さすが信号機。雨の日も嵐の日も、雪の日だって交通整備をしているだけのことはある。まあ、雪が積もって重量オーバーになると折れまがる、というケースもあるのだが、それは忘れよう。
だが、重量オーバーよりもなによりも、どれだけ温かくしていても寒さがオーバーしてしまってはどうしようもない。サガシモノさんは「さむがりさん」でもあり、寒さに弱い。
「ブルブル、どこかな~、ブルブル、どこかな~」
それでもなかなか見つからないようで、彼はシャリシャリと雪の上を歩く。歩きながら、舐めるように地面を見まわす。すれ違った親子づれの子供の方が「へんなおじさーん」などと言っているが、すかさず親が「ああいう人に関わっちゃだめよ」と言ってその場を立ち去った。
――そこで、サガシモノさんは首がさすった。
はたから見れば、親子連れの態度にキレぎみの中年男性が威嚇しているようだが、どうやら彼は首が痛いらしい。
ここまで言ってこなかったが、サガシモノさんは見上げるほど背が高い。これで名実?共に信号機……ではなく、地面に落ちているものを見つけるには苦労する。
「こまったな、どこかな~、こまったな、どこかな~」
ここに来てサガシモノさんは「こまったさん」にもなったらしい。「うっかりさん」に「さむがりさん」、それに「こまったさん」。
名前が沢山あって、サガシモノさんは一人で忙しい人ですね。
そんなこんなで探し物をしていると、近くを歩いていた小さな男の子が見かねて声をかけてきた。
「サガシモノさん、どうしたんですか? また落とし物しちゃったんですか?」
サガシモノさんに話しかけてくれた小さな男の子は、街いちばんの優しい男の子のポムくん。
ポムくんがなぜそのような称号を得たかというと……語ると長くなるので割愛する。具体的に言うと、なんとなく優しい。それとなく優しい。雰囲気が優しい。何と言っても顔が優しい。後はわからん。
話を戻すと、ポムくんに話しかけられたことに気が付いたサガシモノさんは寒さと乾燥でカサカサになった口を開く。
「実はここだけの話、お財布を落としちゃったんだ。今月分のお給金が入ってたんだよ」
どうやら彼は給料の入った財布を落としたらしい。
サガシモノさんのお嫁さんは、街でいちばん怒る「カンカンさん」として有名なので、このままではマズい。それこそ離婚の危機。少し前にサガシモノさんの不倫がバレたことで一触即発となっている夫婦仲も危険領域に半歩踏み入れえていた。
給料の件がバレたら慰謝料をふんだくられて、サガシモノさんが素寒貧になることは確定事項。
優しいポムくんは心配そうな顔と優しいトーンで提案する。
「え!? だいじょうぶですか? ぼくも一緒に探してあげようましょうか?」
するとサガシモノさんは言いました。
「いいのかい? 見つからなかったら、一張羅のコートを質に入れようと思ってたんだよ。ポムくんは優しいんだね」
サガシモノさんが喜んだが、ポムくんは首を振って否定とは言えないが、申し訳なさそうに言う。
「いいんですよ。それに、ぼくも内緒で持ち出してきたお母さんの結婚指輪をどこかに落としちゃったんです」
と言いました。サガシモノさんは驚きます。ポムくんのお母さんは街で二番目に怒る「プンプンさん」なのです。サガシモノさんはポムくんの頭をなでながら言いました。
「それは大変だったね。ポムくんだけにずいぶんな爆弾を持ってきてくれたものだね。……じゃあ一緒にさがそうか」
「Hahahahaha。おもしろいなぁ(棒)」
ポムくんは笑った。しかし、その笑みにどこか嘲笑が入り混じっている。
ポムくんは、内心「ギャグ寒っ!? ポムとボムってセンスなさすぎでしょ? 信号機服のセンスも相当なものだと思ったけど、トークもか……。だから奥さんに尻に敷かれるんだよな。反面教師乙。ぼくはこんな大人にならない」と思っていた。
生意気かつ狡猾かつ活発な思考。ちなみにサガシモノさんの不倫方法は狡猾というよりはカツカツに切り詰めたケチな方法だった。
だがポムくん。一つだけ言っておこう。それは『フラグ』と言って、自分も同じ道を辿るための道しるべを立てているようなものなんだ!
「一緒に探しましょう!」
こうしてポムくんの心にもない言葉とともに、二人は一緒に探し物をすることになった。
「「どこかな~、どこかな~」」
二人は声をあわせて歌う。しかしポムくんの歌声が美しすぎてまるで釣り合っていない。
二人してキョロキョロとしていると、サガシモノさんはあることに気が付きポムくんに尋ねる。
「ポムくん。指輪を落としてしまった場所に、心当たりはないのかい?」
するとポムくんは「最初に聞いてくださいよ」と呆れ半分で考えるような仕草をとった後、思い出すようにゆっくりと応えた。
「……ランドフスキーさんの家の前を歩いていた時、いつの間にかなくなってたんだ」
ランドフスキーさんは大きな犬を飼っていることで有名だ。家も大きい。わずか一代で財を成したというが、正当法で可能な範疇を越えているらしい。巷では黒い商売に手を染めているともっぱらの噂だ。
「じゃあ、ランドフスキーさんの家の前を探そうか」
なるべく近寄りたくない類の人物だったが、家の前だけなら話は別。それに、サガシモノさん自身は財布をどこで落としたのかわかっていないので、焦点を絞って探すのも悪くない。そして彼もまた、ランドフスキー宅の前を通った記憶があった。こうして二人はランドフスキー宅へと足を向けた。
五分ほど歩くとすぐに目的地に到着した。その家はサガシモノさんの背と同じくらい高く、白い塀に囲まれている。その様子はどこか白い城を連想させる。無論、ダジャレではない。
また、門の前には如何にも大人しそうな犬が鎮座していた。犬は黒く短い毛を生やし、細身の肢体は確かな筋肉と柔軟性を秘めているように思える。さながら『番犬』だった。が、近づいたところで反応はない。
反応がなかったので、まずは門の左手塀伝いに辺りを探索。しかし、それらしいものは見当たらない。そこでサガシモノさんとポムくんは門の右手の探索に切り替えようと、犬の前までくると――
「バウッ…ウゥゥゥゥゥゥゥゥ…………バウッ」
突如、それまでの沈黙は嘘だったかの様に、犬の鳴き声が炸裂した。二人の鼓膜は瞬時に振動し、その大音声におののく。
「「うわっ!!」」
仰天した二人は反射的に両手を上げ、そのまま雪の上に尻餅をつく。
――どしゃっ。
降り続く粉雪は柔らかく、彼らの臀部を優しく包み込んだが、雪の冷たさには耐えきれない。先ほど吠え掛かって来た犬だが、だが、サガシモノさんは何かに気が付いたようで――
「……ポムくん。もしかして、さっき来たときも同じように驚いたのかい」
ポムくんの顔は百面相の様に、犬を怖がりひきつった顔から驚いた顔へ、そして何かに気が付いたような晴れやかな顔へとシフトしていった。
「はい! 同じ轍を踏ふみました!」
「今時、同じ轍を踏むって言うか?」という疑問の余地はあったが、まだ犬のサーチ圏内にいる二人にはそんな余裕はない。サガシモノさんは考え、辺りを見回し、次にはサガシモノさんは背伸びをしてある塀の上を覗く。すると――
「あっ! ポムくん、あったよ」
ポムくんのお母さんの指輪は、高い塀の上に落ちていた……いや、のってようだ。
「やったぁ! ありがとうございます! そんな高いところにあったなんて、ぼく一人じゃ見つけられませんでした」
ポムくんは指輪を受け取ると、屈託のない笑みをうかべた。
ポムくんは最初に家の前を通った時も犬の鳴き声に恐れおののき、両手を振り上げていた。そこで、手の中にあった指輪が飛んでしまって、高い塀の上にのったらしい。あと少し遅ければ、降り積もる雪に埋もれてしまって発見は難しかっただろう。
と、落とし物を見つけたポムくんは、向き合っていたサガシモノさんの奥、視線の先にあるものを捉えた。そして走り出すと、
「あっ! サガシモノさんのお財布もありましたよ」
どうやらそれは財布だったようで、サガシモノさんに手渡した。
「わぁ。これはサガシモノさんのお財布だ。ここに落ちていたのか……」
どうやらお財布は、地面の雪に半分埋もれていたようだ。
「ポムくんがいなかったら、そんな低いところにあったお財布を見つけられなかったよ。さっきサガシモノさんもランドフスキーさんの家の前を通ったから、その時に落としていたんだね」
お互いに「ありがとう」と言い、二人の顔は示し合わせることもなしに同じような満面の笑みになっていた。そして互いの健闘をたたえ合ってから、それぞれの帰路についた。
背の高いサガシモノさんと、背の低いポムくん。二人から見えている景色は別物。しかし、だからこそ支え合える。だからこそ、助け合える。
人間誰しも皆、体の大きさも、考えていることだって異なる。それでも、お互いがぶつかり合うのではなく、「違うこと」を認め合うことが重要なのだ。受け入れることで人の心は温度を上げる。
だってほら……サガシモノさんとポムくんの体は寒さでヒエヒエになってしまったけれど、こころはぬくぬくポカポカになった。サガシモノさんとポムくんは最後に「ポカポカさん」になって別れた。
こんな世の中でも、雪解けを願い合えばいい。
そうすれば、いつか穏やかな春風も吹くだろう。
おしまい
まずは最後まで拙作を読んでいただき、ありがとうございました!
裏話をすると、サガシモノさんは別れ際にポムくんに対して「ありがとう料」として一万円のお小遣い?を渡しました。
だからポムくんは結果的に懐ぬくぬくの「ポカポカさん」になってます。
一方でサガシモノさんは、その時こそ気前よく渡したものの、家に帰ってから一万円足りないことが奥さんにバレて盛大に後悔します。
でもあれですね。見ず知らずの子供に一万渡すという「ポカ」をやらかしたので、サガシモノさんも結果的に「ポカポカさん」ですね。あぁ、みんな幸せだな。
それではまた~。