約束
今回は視点が何度か変わります。
翌朝、ユリクスたちは用意してもらった宿舎で予定を話し合っていた。
「とりあえず、何を手伝うのが一番助かるのか聞く必要があるわね」
「昨日リアナさんが言った通り、危険がある分護衛が一番喜ばれそうですが」
「ビイとシイがいなくなっちまったからな!」
「私は村でできることを聞くね。ここでは神子の力はいらなさそうだから。そうだよね、兄さん?」
「……強い魔獣の気配はしないからな」
「兄貴の場合強くないって言葉を信用していいのかわからないっスけど……」
「ふんっ、普通の魔獣くらいどうということはないだろう」
「確かにベルゼヴィスでの魔獣を経験しちゃったらそうっスね……」
そんな会話をしてから、一行は村長であるリンドの元へと向かうことにした。ここで話し合っていても決まらないからだ。村をよく知る者に聞くのが一番いい。さて出発だ、という時になって。
「……面倒」
「ここまできてそれを言うのね」
「往生際が悪いぞ」
「兄さん、行くよ」
「……」
こういった状況では必ず一度は渋るユリクスである。
宿舎を出て一行はリンドの家へと向かった。小さい村なのでどこに何があるのかを覚えやすいのは有り難い。迷うことなく辿り着いた。
「リンドさーん! ちょっと聞きたいことがあるっスー!」
扉の代わりに暖簾なのでノックができない。故にライトが呼びかけた。リンドが出てくる。
「皆さんおはようございます。どうなさいましたか?」
「この村にいる間は何かお手伝いをしようという話になったんです」
「それは助かります」
「それで、収穫の際の護衛と魔獣の討伐などを中心にお手伝いをしようと思っているのですが……」
「それなら一度守護獣様に確認した方がいいですね。いつも守護獣様がお守りくださるので」
「そのことなのですが、昨日守護獣様たちに協力していただくことになって、御二方は村を留守にしているんです。なのでその代わりをしたいと事前にお伝えしています」
「そうでしたか。そのような事情でしたら護衛をお願いしたいです。皆様が共に来てくれるのであれば皆安心するでしょう」
予想していた通り、ユリクスたちは護衛と魔獣討伐の手伝いをすることに決まった。ティアとメラはリンドと共に村を回り、手伝いが必要な人を探して臨機応変に動くらしい。役割が決まったところで。
「この村では朝に収穫へ行くのです。早速ですが、護衛の手伝いをお願い致します」
リンドの言葉にユリクスを除いて頷いた一同。村人たちが集まる場所を教えてもらい、そこへ向かった。ライトが楽しみで仕方ないというように軽やかな足取りで先頭を歩く。
「収穫なんて初めてだから楽しみっス!」
「そうね。買い物の他には狩りが中心だったから畑なんて新鮮だわ」
「どんな食物を育てているのでしょうか」
「ふんっ、俺は収穫などせん。周囲の警戒をしておく」
「イヴが畑仕事してる姿なんて想像できねぇな!」
ライトだけでなく他の者たちも気分が明るくなっているらしい。一体何がそんなに嬉しいのか。ユリクスにはわからない。前を歩く五人の背中をただ見つめていた。すると、不意に視線を感じた。そちらへ顔を向けると、少し離れた場所でラックがこちらを見ていた。浮かない顔をしている。不安げに両手の指先を組んで動かしながら、口を開きかけては噤むを繰り返してユリクスを見ていた。ラックは気配を消すのが上手い。ユリクスだけがラックの存在に気づいたことからユリクスだけに用があるのだろう。無視をしてもよかったのだが、ユリクスはそうしなかった。単なる気まぐれだと本人は思っている。ユリクスも気配を消して五人から離れ、ラックへと歩み寄った。
「……なんの用だ?」
「えっと……その……」
ラックは俯きながら歯切れの悪い言葉を漏らす。ユリクスが首を傾げながら待っていると、意を決したようにラックが勢いよく顔を上げた。
「一緒に町に行ってほしいんだ」
「……町に?」
ラックは頷く。リンドはラックが町へ行くことを良く思っていない。それを本人もわかっているはず。しかし、何故何度も町へ行くのか。その理由がユリクスにはわかったような気がした。初めてラックと会った時、彼は言った。「僕だって力さえあれば」と。両親を殺された子どもが力を求める理由を、ユリクスはよく理解している。殺した相手がどんなに憎いか、ユリクスにはよく理解できる。故に、力のないこの少年が求めることは……。
「……俺に、仇を討ってほしいのか?」
ユリクスの言葉に、ラックは強く頷いた。
自分には力がない。けれど殺したいくらい憎い。ならば、誰かに頼るしかない。そういうことだ。
ユリクスは逡巡する。これは自分に何もメリットはなく、ただ面倒なだけだ。なら協力してやる義理はない。だが、それでいいのだろうか。自分はあの日、宝玉に頼った。だから両親を殺した相手を殺すことができた。誰かは知らないがあの場にいた解放者は全員殺したのだから。では、もし宝玉がなかったら自分はどうなっていただろう。力がなかったら。大切な人を殺した相手を野放しにすることになっていたら。……それはなんとも形容しがたい。何せ、考えたくもないことだから。しかし今目の前にいる少年はそんな思いを抱えている。ユリクスは決した。
「……わかった」
「いいの……?」
「……あぁ。お前の代わりに殺してやる」
「そっか……ありがとう……」
ラックは安堵したように小さく笑んだ。安堵の中に切なさも見えたような気がしたが、それは気のせいだろう。
「……だが、どうやって相手を見つけるつもりだ?」
「それは……」
ラックは言い淀む。方法は思いついていないのだろう。ユリクスはふむ、と考えて一つ思いついた。その前に確認だ。
「……相手は見ればわかるか?」
「もちろんだよ。顔はしっかり覚えてる」
「……そうか。なら、町で盛大に暴れてやる」
「え?」
ユリクスが思いついた方法。そんなもの、もちろん碌なものじゃない。
「……俺たちが近くにいることを町の人間は知っている。なら俺が現れるのは有効だろう」
「どういうこと?」
「……俺が現れれば解放者は必ず出てくる」
「誘い出すってこと? それってユリクスさんを囮にするってことじゃ……」
「……そうだな」
「危ないよ……!」
「……問題ない」
ユリクスが断言するとラックは逡巡するような表情を見せ、それから頷いた。
「わかった。信じるよ」
「……決まりだな。行くぞ」
「うん」
ユリクスとラックは村を出るために歩き出す。気配を消して、誰にも気づかれぬように。
◇◇◇
ワイバルスの町にて、一人の男が酒を楽しんでいた。酒場は昼夜問わずに喧々囂々としており今日もその例に漏れない。誰も彼もが馬鹿騒ぎ。そこら中で掴み合いの喧嘩が起こることもしばしば。男もその騒ぎに参加している。毎日、そして一日中のことだが、今日は途中でその騒ぎが終わることになる。全ての人間が酒場を出るからだ。一人のとある男が現れたという情報が入ってきたために。
酒場にいた全ての人間に情報が行き渡ると皆揃って外へ出た。そして情報のあった場所へと向かう。向かう場所は町にある中では特に広い町道だ。その男は町に入るや否や迷わずその場所へと来たらしい。町の中心部というわけではないが、それなりに中に入っている。つまり逃げるつもりはないのだろう。何故来たのかはわからないが、自分たちにとってはチャンスでしかない。檻の中に獲物が入ったようなものなのだから。捕まえたも同然だ。
逸る気持ちのまま足早にその場へ向かって、見つけた。情報通りの男を。綺麗な顔を持つ全身黒尽くめの男。見た目にそぐわない威圧感を放っているのも情報通り。しかし怯むほどではない。相手を怯ませることもできないか弱い威圧感。その程度の力に加えて、この場には自分がいた酒場以外からも多くの冒険者が集まっている。これだけの人数に一斉に襲われたら手も足も出ないだろう。それを確信できるほどの人間が男を囲んでいる。とはいえ、それだけの人間がいるということは自分の手柄にするのも難しいということだ。さて、どうするか。冒険者の内の一人であるその男は思案しながらも興奮を隠さぬ様子で得物を構えた。
◇◇◇
ふむ。ユリクスは辺りを見回す。ここはワイバルスの町道。前に走った際に通った広めの道を覚えていたのだ。とはいえ、今は四方八方に冒険者がいるため周りの景色など全く見えない。まぁ景色などどうでもいいのだが、それにしても……。
(……疲れるな)
現在、ユリクスは意識して柔らかい雰囲気を作ろうと努めていた。今までの経験上、普段通りでいたら離れていく冒険者もいるかもしれないからだ。それでは意味がない。この町にいる冒険者全てを引き寄せるくらいでなくては。だが慣れないことは疲れる。しかしやらなくては。そこで、ここに着くまでの間にどうしたら自分が普段から纏っているらしい威圧感を和らげることができるか思案した。結果、ティアを意識することにした。仲間たち曰く、ティアを相手にしている時はお兄ちゃんモードという謎の現象が自分に起こっているらしい。それを見た仲間たちは「ほっこりする」とわけがわからないことを言っていた。けれど、もしやそれが今回役に立つのでは? と考えたわけだ。というわけで現在、ユリクスは必死でティアとの時間を思い返していた。……思い返しているのだが……目の前にいるむさくるしい男たちが邪魔である。思い描こうとしているティアの姿が穢れるではないか、腹立たしい。……ここで苛立っては本末転倒である。
つまり何が言いたいかというと、現在の状態がユリクスにとっての山場であった。頼むから早く集まってくれ。切実な思いである。
十人単位で増えていく冒険者たち。ユリクスからずっと離れた位置にもたくさんいる。それでは標的であるユリクスの姿を確認できないだろうに。戦闘にすら参加できないのではないだろうか? そんな奴らよりも屋根の上に登った者たちの方が賢いといえる。特に気にしていなかったので触れなかったが、もちろん魔獣も大量にいる。そいつらがかさばっているのだから連れてこない方がいいのではないだろうか。ユリクスにとっても用がないので邪魔なだけだ。
ティアの姿の想像とおおよその人数の確認を器用に同時進行で行っていたユリクスだが、ふと疑問に思った。
(……来ないのだろうか……)
冒険者たちが向かってくる気配がない。ユリクスにしてみれば逃げずに群がってくれる方が有り難いが、その心理が理解できない。一人で戦うことに慣れ、またそれを可能にしてしまう力のあるユリクスには数的優位を利用するなどという考えは一切ないのである。
暇だなぁ、と思いながら待っていると、段々とこの場所へ向かってくる者たちが少なくなってきた。そろそろ頃合いだろう。ユリクスは神器を顕現した。それを見た冒険者たちも武器を構える。一斉に同じ行動を取るのはなかなか面白い光景であった。……さて。
(……やっとか)
ユリクスは小さく息を吐いた。
「掛かれ!!」
一人の冒険者が狼煙を上げた。数え切れないほどの冒険者たちが咆哮しながら束になってユリクスへと迫る。重量すら感じるそれを、ユリクスは自然体を崩さずに迎え入れた。
◇◇◇
それは信じられない光景であった。今、標的である男の姿が隠れるほどの人数が襲いかかったはずだ。しかし次の瞬間には男の姿が現れていた。囲んだ冒険者たちが一斉に四方八方へと飛んだのだ。自分たちで飛んだわけではないことは冒険者たちの体勢を見ればわかった。全員が同時に弾かれたのだ。その現象を起こした者など一人しか考えられない。あの男だ。黒刀で薙ぎ払ったような姿が見える。あの男に襲いかかった刹那、全員が手も足も出ずに返り討ちにされたのだ。これでは無闇に攻撃できない。そう判断しかけたのだが、その判断は間違いであることに気づいた。そしてそれは他の冒険者たちも同じらしい。
殺されていないのだ。
襲いかかった者たちは誰一人として斬られていない。ただ弾かれただけ。けれど人と同時に襲いかかった魔獣は全て斬り殺された。つまり、男が殺すのは魔獣だけで、人間は殺さない。ならばチャンスはある。そのチャンスを一度逃したとしても、再びチャンスを掴みにいけばいい。何度だって挑戦できるのだから。
冒険者たちは余裕の笑みを浮かべた。そして、自分も思わず笑った。生け捕りというのは難しいと思っていたが、これならば確実に誰かが男を倒せる。その〝誰か〟が自分になるようにすればいいだけだ。つまり敵は男ではなく周りの冒険者だ。男のことは考えなくていい。
その考えに至ったのはもちろん自分だけではない。故に全ての冒険者たちが我先にと動き出した。自分もじっとしているわけにはいかない。幸い自分のいる場所は男からそう遠くない。誰かが攻めれば着実に自分の番は来る。
もう少し。もう少し。皆攻めろ。そうすれば男は弱る。その時に自分が男を倒す。さぁ早く。早く自分の番になれ。もう少しだ。もう少し。もう少し。
――来た……!
得物をしっかり構えて男に迫った。一緒に襲いかかった冒険者たちが邪魔だが、それよりも男を倒すのが優先だ。それから自分の手柄にすればいい。男がこちらを見た。その表情からは何も読み取れない。読み取れずともいい。関係ない。倒せばいいのだ……!
「あいつだっ!!」
どこからか子どもの声が聞こえた。その瞬間、男の目が変わった。何を見ているのかわからなかったというのに、急に自分へと鋭い視線が向けられた。か弱い威圧感しか宿っていなかった瞳が急に恐ろしくなった。得物を構える手が硬直する。その直後、腹に衝撃が走った。重い衝撃。内臓が揺らぐほどの。しかしなんとか意識は保てた。体勢を立て直そうとして、軽く首が締められる感覚がした。そして気づけば空中にいた。真下に驚く冒険者たちの姿が見える。何故自分は飛んでいるんだ? いや、首にある感覚からして、自分の方が男に捕まった? 何故? 理解できない。なんだこの状況は……?
◇◇◇
とある冒険者の首根っこを掴んでユリクスは屋根を走り、次の屋根に飛び移り、軽やかに駆けた。男一人連れていくことなど造作無い。走っていると、隣にラックが来た。やはりその走る速さは目を見張るものがある。ユリクスはラックへと男の顔を向けた。
「……こいつで間違いないな?」
「うん。こいつだよ」
「な、なんなんだよ!? 俺をどうするつもりだ!?」
「……うるさい」
確認が取れたのでもう意識は不要。ユリクスは男の首から手を離してぺしっと手刀を落とし、再び掴んだ。男が気を失う。一瞬であったため落とすことはない。その一連の動きにラックが「おぉ……」と感嘆の声を漏らした。
「ユリクスさんはすごいね。あれだけの人数を相手にできちゃうんだもん」
「……大したことはない」
「いや、すごいよ。しかも誰も殺してないし」
「……ティアと約束したからな。ここでは殺さない」
「じゃあ、僕のお願いをきいてもよかったの……?」
「……町では、だからな」
「そ、そっか」
ユリクスのことをすごいと言うラックだが、ユリクスにしてみれば。
「……お前こそ、よくあの中で冒険者に見つからず、しかもこいつを見つけられたな」
「隠れるのは得意だからね。伊達に何度も来てないよ。でも見つけるのはちょっと大変だった」
「……そうか」
「うん。でもユリクスさんの周りだけを見てたし、それに……やっぱりこいつの顔は忘れられないから」
「……」
ラックの瞳には純粋な怒りが宿っている。どろどろとした憎しみではなく、綺麗な怒りだ。綺麗というのはおかしいだろうが、ユリクスにはそう思えた。そしてそれに、少しだけ安堵した自分がいるような気がした。何故ほっとしたのかはわからない。けれど、ほっとしたのであればそれは悪いことではないはずだ。ならば理由はどうでもいいだろう。ユリクスは考えるのをやめた。
森に入る。町から離れ、村からも距離のある場所へ。適当なところでユリクスは足を止めた。ラックには影響がないように注意しながら周囲へと威圧感を放ち、近くにいた魔獣たちを追い払う。その辺の弱い魔獣など威圧するだけで十分だ。
男を地面に落とす。
「……じゃあ、いいんだな?」
「……うん」
少し離れた位置にいるラックの返事を聞いたユリクスは男の腹を蹴った。なかなか強い力で。男が咳き込みながら意識を取り戻した。
「ぐっ……ごほっ……なんだ……? っ!」
状況を理解できずに周囲に視線を巡らせていた男がユリクスを見た瞬間に息を詰めた。急いで起き上がり、座ったまま後退る。表情には怯えが見えた。
「なんで、てめぇがここに……」
「……俺が連れてきたんだから当然だろう」
「連れてきた……?」
男が訝しげにユリクスを睨む。ユリクスはそんな男を放っておいてラックへと視線を移す。男もそれを追って視線を移すと、ラックの存在に気づき驚いた様子を見せた。
「なんでガキがここに……?」
「……お前はこいつを知っているか?」
「は? 知るわけねぇだろ」
当然といった様子で言われた言葉。それを聞いたラックは歯を食いしばり男を睨みつけた。
「僕を知らない……? 父さんと母さんを目の前で殺しておいて……? 泣きながら逃げる僕を見ておいて……?」
「はぁ? 殺した相手のことなんていちいち覚えてねぇよ」
「ッ!!」
ラックが男に近づこうとする。その前にユリクスはラックを手で制した。
「……お前はあまり近づくな」
「……うん……ごめんなさい……」
「……いい」
男が舌打ちした。
「なんだってんだよ! まさかそんなガキのために俺を連れてきたのか!?」
「……そうだ」
「ざけんなよ! 殺したってことはどうせ神人族を信じてるだのなんだの言ってるような奴らだったんだろ!? そいつらを殺して何が悪い!?」
「……お前ら解放者はどうなんだよ……。簡単に、当たり前のように人を殺すようなお前らは……。それは悪いことじゃないって言うのか……? 父さんと母さんは信じてただけなのに、お前らに何かしたわけじゃないのに。なのになんで殺されなきゃならなかったんだよ……! なんでお前はあんな楽しそうに殺したんだよ!!」
ラックの目から涙が溢れた。とめどなく頬を伝い、大粒の雫が流れていく。その涙と悲痛な表情は彼の思いの全てが表れていた。大きな悲しみを小さな体に溜め続けた少年はどれほどの苦痛を抱えながら生きてきたのだろう。ユリクスには想像できなかった。ただ自身の胸がズキリと疼いたような感覚を覚えただけ。
しゃくりあげ始めたラックの頭をユリクスは撫でた。この少年のために自分にできることがわからなかった。……いや、自分のすべきことはこれからだ。
「……お前はこいつの両親を殺した。なら、自分が殺されても文句はないな?」
「ひっ、そ、そんなわけないだろ……っ!」
「……あるのか? まさか自分は殺すことを無条件で許された存在だとでも思っているのか? 馬鹿馬鹿しい。人を殺すなら、自分も同じように殺される可能性があることに思い至るのは当然だろう。殺すことを悪だと思っていないのであれば、自分が殺されることも悪じゃない。命を狙われるのも仕方がない。そうだろう?」
「お、お前は自分が殺されるのを受け入れられるって言うのか!?」
「……まさか。抵抗はする。死ぬのは御免だからな。……だが、『何故自分が殺されなければならないのか』『自分が何をしたというんだ』。……そんなことは思わない」
「う、嘘だ! 殺されるって時になればそんなこと言っていられなくなんだろ!」
「……いや、俺も殺されかけたことがあるが、そうは思わなかったな。死んでたまるかと思っただけだ」
「ッ! イカれてやがる!」
男が言い放ったと同時に、背後から鷲獅子の魔獣が現れた。男が操っている魔獣だろう。ラックは驚いたようだが、もちろん接近に気づかなかったユリクスではない。振り返ると魔獣がすぐそこまで迫っている。
「……邪魔だな」
ユリクスは一歩を踏み出した。
「は……?」
「え……?」
二人の間の抜けた声が漏れた。
二人には何が起こったのかわからなかったのだ。二人がわかったのはユリクスが一歩踏み出したということだけ。踏み出して、そして、ユリクスは魔獣の背後にいた。それに寸秒遅れて魔獣の体が両断された。何も見えなかった。ユリクスが移動した姿も、斬り伏せた姿も、何も。
両断された魔獣は男の真横に落ちる。男は茫然自失とした様子でゆっくりと魔獣の亡骸へと顔を向けた。
「……な、にが……」
「……驚くことじゃない。話の邪魔だからさっさと片付けただけだ」
淡々と告げたユリクスへと向けられた男の瞳には大きな怯えだけがあった。全身を震わせている。
「ば……けもの……」
その言葉を聞いて、ユリクスは目を細めた。そして思い返す。
「……俺は、本当の化け物を知っている」
小さく呟くと、ユリクスはラックへと顔を向けた。
「……いいな?」
「うん。お願い」
ラックの声に迷いはなかった。ユリクスは頷く。先程顕現させていた黒刀を男へと向ける。男が情けない声を漏らした。
「こ、ころさないで……」
「……お前はその言葉を何度聞いたんだろうな」
黒刀が一閃する。男の右肩から左腰にかけて深い傷が刻まれ、血飛沫が舞った。男の体が完全に地に倒れ伏す。しばらくして、男の瞳から光が消えた。
ユリクスは黒刀の顕現を解いてラックへと歩み寄る。ユリクスを見上げているその表情は小さな笑みを作っていた。とても悲しげに。とても切なげに。とても、泣きそうに。
「……後悔しているか?」
ユリクスの問いにラックは頭を振った。
「殺してもらったことは後悔してないよ。でも……やっぱり人が死ぬっていうのは、嫌なことだなって」
「……」
その感情は当たり前のものなのだろう。ユリクスはもう無くしてしまった感情だ。
「ねぇ、ユリクスさん」
ユリクスはラックを見据える。苦しそうな表情を真っ直ぐに受け止めて。
「僕、嫌だよ。たくさんの人が簡単に殺し合うような世界なんて。だから……変えてくれる? 解放者とそうじゃない人たちが争うような世界を」
ラックは――今の世の中を正しく理解している聡明な少年は、願った。世界の平和を。子どもらしく。
ユリクスはそれに応えなければならない。大人のように賢く、子どものように純粋な少年に、真摯に。
ユリクスは屈んだ。目線を合わせ、不安に揺れる瞳から目を離さずに口を開く。
「……俺に、世界を変える力はない。するつもりもない」
「……」
「……だが、きっかけくらいなら作ってやる」
少年の目が見開かれた。
「……俺がしようとしていることは、世界を変えるきっかけになる。成功すればな」
「そう……なの……?」
「……あぁ。だから、必ず成功させてやる。成し遂げてやる。必ずだ」
「……そっか……」
「……あぁ」
少年はゆっくりと小指をユリクスの目の前に持ってきた。何を求めているのかわかる。指切り。約束の形。ユリクスは自身の小指を絡めた。
「じゃあ、約束ね」
「……あぁ、約束だ」
二人は結ぶ。かけがえのない〝約束〟を。
少年は――ラックは柔らかに笑った。
その笑みを見つめながら、ユリクスは絡ませた小指の力を少しだけ強めた。自身の覚悟を伝えるために――。
お読みいただきありがとうございます。




