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Ⅵ.トリカブトが真実を告げる

 薬を飲んでしばらくは、表面的に取り繕っているもののかなり体調を悪くする。グレープいわく『本来そうでないものを変化させるのはたとえ死なずとも猛毒の類』らしく効果は覿面(てきめん)だが支払うべき代価は相当に重いものだった。


 笑ってはいても顔色の優れないリコリスをダリアは近くの従者を呼びつけ、部屋の用意ができているかを確かめるとすぐに案内させた。それから部屋の前までいっしょに付き添って「何か困りごとがあれば誰にでも言って。もし声を掛けにくいと思ったら私のとこまで来てくれていいわ」と伝えて扉を閉めた。


「……ふう、やっと少し休めそうだ」


 しまった扉を背もたれにして、全身を襲う脱力感に床へ座り込む。意外にもダリアが甲斐甲斐しいのを「別人か?」と不思議そうにしながら、ふらふらと立ち上がってベッドまで向かう。どっかりと身を預け天井を仰ぎ、ふいに考える。


(何があったんだ。たしかに根の悪い子ではなかったのは知っているが……あそこまで他人を心配するような性格だっただろうか、あのダリアが?)


 奇妙。そのひと言に尽きた。メイヴィス家のダリアといえば大貴族ゆえのプライドからか、高飛車な態度を取りがちで独占欲も強い。嫉妬から、と本人が口にするくらいには他者を貶めるのにもさほど抵抗のない娘だった。それがまるで過保護な親だ。たとえばラジアータが隣国の大貴族に名を連ねている人物だったとして、あれほど親切にできるだろうか? と違和感が拭えないままでいる。


「……それほど気にすることでもない、か。私のプランが台無しになるわけじゃない」


 ひとまずは夜を待った。誰かを騙るのはそう簡単なものでもない。どこかでぼろが出てしまえば、そこから何もかも音を立てて崩れてしまう。慎重すぎるくらいがちょうどいい。ただ黙して機が熟すまではおとなしく、接触も少ないほうが良い。部屋を用意すると言われたとき、リコリスはなんとも上手くいってくれたと安堵したものだ。


 灯りが消え始め、夜がやってくる。従者たちも疲れて眠り、早朝にはまた忙しなく働くだろう。そうした時間になって、ようやく静まり返ったのを確かめながらリコリスは手燭を持って部屋から出た。


 最初に向かったのは、ダリアが最初に彼女を招き入れた部屋。鍵は掛かっておらず、ノブを回したときに少しだけ呆れた。気にかけて飾り物をしているくせに不用心だと、かつて自身が振るった剣に触れながら鼻で笑う。


「はは、久しぶりに持ってみたけど案外軽いな」


 剣を握りしめて素振りしてみると、なつかしさがこみあげてくる。計画を実行に移そうと決めた二年先までの期間、彼女はいっさいの鍛錬をかかさなかった。おかげで衰えるようなことはなかったし、むしろ以前よりも筋力がついた気さえもした。


 それから向かったのはダリアの部屋だ。どう殺すか、そればかりを考える。簡単に殺すのは面白くないが、なにより誰に対して精神的苦痛を与えたいか。ダリアだけではなくメイヴィス家というものを崩壊させるためには、父親であるルピナスの前で彼女が徐々に死んでいくのがいちばん効果的だ。あの娘を愛するルピナスが発狂する様をダリアに見せつけながら死なせる。もしくはダリアを脅して父親の殺害を促すのも悪くないだろう。楽しみに胸が躍りだす。


 部屋の前まで来て、大きく深呼吸をする。髪を一本引き抜いて薬の効果が切れているのを確かめる。腰には剣を提げていて、今もし彼女を知る者が見れば亡霊が出たと大騒ぎしてもおかしくない。そういう反応を期待してリコリスはそっと扉を開けた。


 だが、現実は思ったより不可思議な出来事が起こるもので、リコリスが気付いたのは声だ。ダリアが眠っていない。それどころか、窓の傍にある椅子に座ってしくしく泣いている。思わず足が止まってしまう。さきほどまで胸の内で滾っていた衝動が消えた。


「いったい君は何を泣いている?」


 つい口を滑らせてしまった。ダリアは泣き声をあげるのをやめて驚きに振り返り、リコリスを見つけてハッとした。だが、さほど驚いた様子はない。それどころか納得したみたいにしゅんと落ち込んで俯いてしまう。


「今、聞いて気付いたわ。あなたラジアータ……ううん、リコリスだったのね」


「もっと驚くと思っていた。どうしてそんなに穏やかでいられる?」


「いつか必ず来ると思ってたからよ。ニコライの口癖になっていたもの」


 二年前からずつと心のうちに秘めていた後悔。リコリスを貶めるための嘘から始まった悲劇。彼女だけでなく、他に三人も犠牲になった。罪もない幼い子供が巻き込まれ、あまりに惨い死を迎えたときに彼女は事の重大さに初めて気づいたのだ。リコリスがいなくなればいいという邪な気持ちで立ったあの場所でふたりの少女までもが絞首台にのぼらされて、胸中ではひどく動揺があった、と。


 容赦なく振り降ろされた剣と槌の一撃。飛び散った血と民衆の歓喜の声は狂気以外の何でもなかった。人間の欲望、好奇心、邪悪。それ以来、他人が恐ろしくなった彼女は城で暮らすのをやめた。自分の敷地から出ようとはしなくなった。


「いまさら謝って許してもらおうなんて思ってないわ、リコリス。あなたの怒りは尤もで、誰も口を挟んでいいモノじゃない。ううん、口を挟んではいけない。でも、これだけは話をさせて。私がこんなところに閉じこもる理由は、あの恐怖だけじゃないの。あの審判があった日の翌年――あなたを姉のようと慕っていたメイドが殺されたのよ」


 ダリアは椅子から立ち上がると、自分のクローゼットを開けた。中から小さな箱を取り出すと、そのままリコリスに手渡す。


「……中には、手紙? プルメリアの書いたものか?」


「ええ。私にあてられたものだけど、これはきっといつか現れるあなたに向けたものよ。ずっと彼女も、あの事件からあなたのことで悩みを抱えていたから」


 城で働いていた貧しい娘。名はプルメリアといい、境遇でいえばリコリスよりもずっと貧乏で、酒飲みの父親に外で暴力を振るわれていたのをリコリスが助けたのが切っ掛けでルピナスが城で働くよう取り計らってくれた経緯がある。努力家だが内気で社交性はあまりなかったが、誰よりもよく働いていたのを城にいたなら誰もが知っている。他の貴族たちからも評判が良かったふうに思ったが、手紙を見てリコリスは目を剥いた。


『ダリアお嬢様へ。ルピナス様はお元気でいらっしゃいますでしょうか。実は二年前の事件で、リコリス様が行方不明になられてから心を病んでいた私にお声を掛けてくださったダリアお嬢様に感謝を示したく、お花をお贈りさせていただきました』


 何気ない普通の手紙だ。他愛ない話もつらつらとあり、いくつか種類の違う花が挿まれているのに気付いて目をやってみる。


(……トリカブトにオニユリ? 花を贈ったということは〝意味が込められている〟はずだ。だとしたら手紙の中に何かヒントはないか? プルメリアがダリアに向けて真実を隠して伝える何かが……これか)


 手紙のなかに見つけた一文。『本当はキスツスや他の花も贈りたかったのですが――』。見れば普通のひと言でも、見る者によって意味は異なってくる。勤勉であったプルメリアは貧しくても知識豊かな少女だ。城で暮らすようになってからは、空いた時間は読書に取り憑かれていたのをリコリスはよく知っている。


「この手紙が送られてきたのはいつ頃のことだ?」

「一年くらい前かしら。彼女が殺された前日に届いたものよ」


 手紙が届いてから面会しようとしたが、そのときにはニコライに仕事を辞めてしまったらしいと話を聞いて諦めた、とダリアが話すと、リコリスは彼女がまだ気づいていないことがひとつだけあるのを感じた。そして殺すべきが彼女ではないことも。


「……ダリア、君はこの手紙を誰かに見せたりしたか?」

「え? いいえ、していないわ。あなた以外に見せてはいけないと思って」

「そうか。ならすぐに旅支度でもするといい。寝首を掻かれないうちにね」


 オニユリの花言葉には『陽気』や『賢者』といった意味もあるが、彼女はトリカブトが添えられているのを見て決して良い意味で使っていないと察したところ、おそらくは『嫌悪』。添えられているトリカブトは別名をアコニタムと呼ばれ、宰相アコニタムを指しているのが分かる。手紙に挿し込まれておらず、唯一名前を挙げられたキスツスには『私は明日死ぬだろう』という意味があった。


(ダリアは私に伝えるものだと勘違いしているが、違う。これは私が見てもそう理解できるようになってはいるが、本質はそこじゃない。宰相アコニタムは謀略に長けた黒い噂の絶えない男だ。プルメリアはダリアに向けて自身がアコニタムに殺されることを示唆したんだろう。それだけじゃない。これ(・・)をダリアに贈る意味があるのだとしたら……)


 手にしたトリカブト。宰相アコニタムの陰謀であるとわざわざダリアに告げる意味は薄い。彼女が仮にルピナスにこの件を伝えたとして、大貴族だからという理由だけでリスクを顧みず陰謀を暴くだけの意味もない。ならばこのトリカブトはいったい何を伝えようとしているのか? いったい誰がプルメリアを殺害したのか? その理由にリコリスは辿り着く。


(花言葉は『騎士道』や『栄光』。ならば私を本当に裏切ったのはダリアではなく、そのうえプルメリアを殺害したのは――騎士団長ニコライ・オーガスタだ)

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